大阪 ビル放火事件 容疑者はどのような人物か

大阪 北区の8階建てのビルの4階にある心療内科のクリニックが放火され24人が死亡した事件で、警察は住所・職業不詳の谷本盛雄容疑者(61)が火を付けたとみて殺人と放火の疑いで捜査しています。

火災が起きたクリニックに通院していたという谷本容疑者は、どのような人物なのか、取材しました。

クリニックや患者とのトラブル 今のところ確認されず

捜査関係者によりますと、火災の当日、ビルの非常階段に落ちていた財布の中に診察券が入っていたほか、関係先の住宅にもクリニックの名前が書かれた薬の袋があったということです。

クリニックやほかの患者とのトラブルは、今のところ確認されていないということです。

住んでいたとみられる住宅では

容疑者は現場のビルから3キロ余り離れた大阪 西淀川区の住宅に住んでいたとみられています。

火災の2時間半ほど前には、住宅のドアの鍵を触っている様子が近所の住民に目撃されていました。

この住民によりますと、姿を見かけるようになったのは1か月ほど前からで、近所づきあいはなかったといいます。

また別の住民は「ずっと電気がついておらず空き家だと思っていたが、火災の4、5日前に住宅の横にある自転車置き場から自転車で出ていく姿を見た。『引っ越してきたんですか』と声をかけると『はい』とひと言答えた」と話していました。

捜査関係者によりますと、この住宅は電気もガスも通っていない空き家のような状態で、いつから住んでいたのかなど詳しいことは分かっていないということです。

勤めていた工場では

また容疑者はかつて、大阪 淀川区にある板金工場に勤めていました。

工場を経営する78歳の男性によりますと、20年ほど前にアルバイトとして働き始め、仕事ぶりがまじめだったことから、2か月ほどで正社員になったということです。

工場ではトタン屋根の製造などに携わり、高い技術を持っていたといいます。

「ほかにやりたいことがある」としていったん退職した時期もありましたが、工場には合わせて10年ほど勤めていたということです。

一方、工場に勤めて数年がたった頃、家庭内のトラブルで思い悩む様子が目立つようになり、無断で仕事を休む日もあったといいます。

そして10年ほど前に突然連絡が途絶え、それ以来、工場に姿を見せることはなくなりました。

経営者の男性は「最近の暮らしぶりは把握していなかったが、当時は社員の中でもいちばん腕がよくまじめだったので、今回のことを聞いてびっくりした。なぜこんなことになってしまったのか知りたいです」と話していました。