拉致被害者家族会 飯塚代表が退任 体調不良で

北朝鮮による拉致被害者の家族会代表を14年にわたって務めてきた田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さんが体調不良から、11日、代表を退きました。後任には横田めぐみさんの弟の拓也さんが就きましたが、会の代表が2代続けて健康上の理由から退任することになり、拉致問題の解決に一刻の猶予もないことを改めて示しています。

平成9年に結成された北朝鮮による拉致被害者の家族会は、中学1年生の時に拉致された横田めぐみさんの父親の滋さんが10年間、代表を務めましたが、健康上の理由から平成19年に退任し、後任に田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さんが就きました。

飯塚さんは、埼玉県内の機械メーカーの工場で働きながら、全国を回って署名や講演活動を続け、この間、代表として7人の総理大臣と面会し、被害者の早期帰国に向けた取り組みを求めてきました。

4年前からは病気を抱えながら活動していましたが、ことし83歳になった飯塚さんは先月中旬に体調を崩して入院し、このまま代表を続けるのは困難だとして、14年にわたって務めた代表を、11日、退きました。

3代目となる後任には横田めぐみさんの弟の拓也さんが就きました。

家族会は来年で結成から25年が経過しますが、代表が2代続けて健康上の理由から退任することになり、拉致問題の解決に一刻の猶予もないことを改めて示しています。

横田滋さんの後継いで14年

代表としての飯塚さんの活動は14年に及びました。

平成19年。会の代表を10年務めた横田滋さんからバトンを託された飯塚さんは、就任会見で「解決にあと5年も10年もかけるわけにはいかず、もう先がないという気持ちで家族の奪還のために代表を務めていきたい」と話し、早期解決への決意を示しました。

この間、代表として面会した総理大臣は7人。
ことし10月の岸田総理大臣との面会では「活動を始めてから今まで数え切れないほど総理大臣が代わってきましたが、全く動きが見られず非常に残念です。諸外国の力も借りながら具体的に工程表を組んでほしい」と求めました。

核とミサイルの問題にも翻弄

飯塚さんは、開発が進む北朝鮮の核とミサイルの問題にも翻弄されてきました。

核問題に国際社会の注目が集まるなか、拉致問題が埋没することがないよう海外でも訴えを続け、平成26年には、拉致被害者の家族として初めて、国連の人権理事会に出席。各国に直接、協力を呼びかけました。

また、平成29年と令和元年には、来日したアメリカのトランプ前大統領とも面会し、北朝鮮に対する働きかけに期待を寄せました。

代表としては最後の出席となった先月13日の東京での大規模集会。飯塚さんは「新型コロナの感染拡大でわれわれの活動も長く途絶えてしまったが、絶対に諦めるわけにはいかない。解決に向けた日程表を作り、それに対する答えを出してほしい」と訴え、政府の具体的な取り組みを求めていました。

他界する親見送り続けて

飯塚さんが具体的な成果を国に強く求めてきた背景には、拉致問題がこう着状態にある一方で進む被害者家族の高齢化があります。

政府が認定している拉致被害者のうち安否が分かっていない12人の親で、子どもとの再会を果たせずに亡くなった人は、平成14年の日朝首脳会談以降だけでも8人に上っています。

特に、飯塚さんが代表を務めたこの14年間は家族の高齢化が一段と進み、代表として告別式で弔辞を述べるたびに、他界した親一人一人の無念を背負ってきました。

代表に就任した翌年の平成20年。拉致被害者、市川修一さんとの再会を果たせないまま91歳で亡くなった母親、トミさんの告別式では、「同じような思いをする家族を絶対に出したくありません。一刻も早く拉致問題を解決して、修一さんが残された家族と再会することを約束します」と弔辞を述べていました。

また去年、娘のめぐみさんとの再会を果たせずに亡くなった横田滋さんのお別れの会では、遺影に向かって「『お父さん、ただいま』『おかえり、めぐみ』。この言葉を何年も待っていたでしょう」と語りかけたうえで、「私たち残された家族、国民の皆様と一緒に拉致問題を解決し、これをもって横田滋さんへのお礼に代えたい」と述べ、被害者の早期帰国の実現を誓っていました。

岸田首相「一刻の猶予も許されない」

岸田総理大臣は、夕方、総理大臣公邸で記者団に対し「横田滋さんから北朝鮮による拉致被害者の家族会代表を引き継がれ、こんにちまで大きな役割と責任を果たしてこられた。体調がすぐれないということで、お体を大事にされ回復されることを心からお祈りしたい」と述べました。

そのうえで「飯塚さんの体調の話を聞いても、拉致問題は一刻の猶予も許されない、わが国にとって大変重要な課題だと改めて強く感じている。私自身あらゆるチャンスを逃すことなくしっかり取り組んでいきたい」と述べました。

横田新代表「静かな怒りを持って臨む」

横田拓也さんは、家族会の臨時総会のあと、都内で開かれたシンポジウムの中で、みずからが新しい代表に就任したことを明らかにしました。

そして、「姉が拉致された時、私は9歳だった。その44年後に、3人目の代表として闘わなくてはならないという現実に、例えようのない大きな矛盾を感じる。なぜ日本政府は解決できないのか、静かな怒りの気持ちを持って臨む次第だ」と述べました。

そのうえで「代表の顔が変わっても、私たちが求めることは変わらず、すべての拉致被害者の即時一括帰国というハードルは下げない。国際連携の手を緩めず、拉致問題の解決のために声を発し続ける」と話しました。

そして最後に、北朝鮮のキム・ジョンウン総書記へのメッセージとして、「被害者全員を返せば、日朝両国は明るい未来を描き、平和を見いだすことができると思う。あなたの勇気ある英断を期待します」と述べました。

また、田口八重子さんの長男で、母親が拉致されたあと、飯塚前代表に実の子として育てられた飯塚耕一郎さんは、「体調を崩して入院が続く中、本人とも相談し、代表の重責を続けることは難しいという判断で、体制を変えさせていただいた。横田滋さんが10年、飯塚前代表が14年という長い間、重責を担ったが、あまりに時間がかかりすぎていることの象徴の一端ではないか」と述べました。

そのうえで「政府は拉致、核、ミサイルの問題を包括的に解決するというが、それを待つ時間はわれわれにはない。拉致問題だけを切り離して進めてほしい」と話しました。

横田早紀江さん「ぎりぎりでは間に合わない」

拉致被害者の家族はシンポジウムのあと、家族会の代表の交代について記者会見を開きました。

この中で横田拓也さんは「私の母も含め、親の世代の疲労をいつも心配している。家族に会えないまま、この世を去るということを繰り返してはならない。政府には、時間がなく、深刻な問題であることを改めて認識し、北朝鮮に対して強い交渉をしてほしい」と話しました。

また、飯塚耕一郎さんは「14年間、前代表を隣で見てきたが、あまりにも長い間、心にも体にも大きな負担をかけてしまった。活動の先頭に立って残してくれたものを、必ず被害者の帰国に結びつけられるように動いていきたい」と話していました。

横田めぐみさんの母親の早紀江さん(85)は「夫のあとを継いで本当に長い間、よくやっていただいた」と飯塚前代表をねぎらったうえで、「人はみんな年をとり、長く苦悩が続けば必ず衰弱する。ぎりぎりになってから動きをつくろうとしても間に合いません。一刻も早く被害者を助けてくださいと、訴え続けていくしかありません」と話していました。

曽我ひとみさん「落胆にも似た思い」

飯塚さんが家族会代表を退任したことについて、平成14年に帰国を果たした拉致被害者の曽我ひとみさんはコメントを出しました。

この中で曽我さんは「ついに世代交代しなければならないほどの時間が流れたのかと、落胆にも似た思いで胸がいっぱいになりました。代表としても、被害者家族の1人としても、体にむち打ち、前線で活動してきました。本当にお疲れ様でした。少しゆっくり休んでください」とコメントしています。

そのうえで「新代表に就いた横田拓也さんには、拉致被害者が1日でも早く帰国できるよう尽力してもらいたいと思っています」とつづっています。