「陽性者は全員入院」和歌山独自の対策から考える第6波の備え

「陽性者は全員入院」和歌山独自の対策から考える第6波の備え
新型コロナの第5波でも「感染が確認された人の全員入院」の方針を掲げ、実際に全国で唯一、全員が入院できた県があります。

それは、和歌山県です。

全国では多くの人が「自宅療養」を余儀なくされた第5波。

もちろん、自治体の規模によって事情が違い、「入院」ばかりが選択肢ではありません。

しかし、和歌山県の取り組みには、第6波に備えるヒントがありました。

(和歌山放送局 記者 牧原史英)

「全員入院」掲げ続けた和歌山県

新型コロナの第5波のピーク時の9月上旬には「自宅療養者」は全国で13万人余りに達し、亡くなる人も相次ぎました。

厚生労働省によりますと、その第5波のなかでも、全国で唯一、感染者が病状に関係なく全員入院できたのが、和歌山県です。

政府の方針では、原則入院は中等症以上の人で、入院させる必要がある患者以外は自宅療養を基本とするとしています。(2021年8月3日の通知)

しかし和歌山県は、感染者の急な容体の変化や重症化に対応するとともに、「家庭内感染」などの二次的な感染拡大を防ぐため、感染者全員を入院させる独自の方針を掲げ続けています。

和歌山県で1日あたりの感染者数が最も多くなったのは、8月24日の90人。

人口比で換算すれば、東京でいう「1日に1300人余り」を超えるような厳しい状況でした。

いったい、どのように乗り切ったのでしょうか。

病床確保の背景に、ふだんからの災害に備える取り組み

全国の1日の新たな感染者数が2万人を超え、各地で医療がひっ迫していた9月上旬。

このとき和歌山県内で確保されていた新型コロナ対応の病床数は570床でした。

厚生労働省の資料をもとに和歌山県が算出したところ、人口あたりでは全国1位の数です。

一方、和歌山県の病院全体の病床数は、人口10万人あたりで全国20位(2019年10月1日現在)です。

つまり和歌山県は、人口あたりの病床数がもともと多いわけではないんです。
では、和歌山県ではどのようにしてコロナ病床を確保したのか。

和歌山県内で、早い段階からコロナ病床の増床に協力したのが、御坊市の「ひだか病院」です。

当初、コロナ病床は4床でしたが、第3波では48床、第5波では56床に拡大しました。56床は病院内の全病床の3割にあたります。

消化器外科と脳神経外科の入院患者にお願いして別のフロアに移ってもらい、病院の1フロアすべてをコロナ専用病棟にしました。
「ひだか病院」は、地域の災害拠点病院にもなっています。

病院として、思い切った対応をとった背景には、南海トラフ巨大地震に備えるために築いてきた県との信頼関係があったといいます。

南海トラフ巨大地震に備える医療体制づくりでは、県が中心となって、災害時には災害拠点病院に地元の開業医が駆けつける全国で初めての仕組みなども導入していました。

「ひだか病院」の看護部長は、ふだんから県との意思疎通がある中で、今回、県が打ち出した「全員入院」の方針には、できるだけ応えたいと思ったといいます。
ひだか病院 小松香世美 看護部長
「南海トラフに向けた医療体制作りを議論したり、看護人材が不足していると相談したら新しい看護学校の設立を後押ししてもらったりと、県とは信頼関係がありました。コロナ患者を受け入れるなら徹底的に対応しようと、看護師のシフトをやりくりし、ほかの災害拠点病院にも経験を伝えました」

感染者1人に対し、接触者を最大100人徹底検査

病床の確保とあわせて和歌山県が取り組んだのが、「和歌山方式」と呼ばれる、感染者の“接触者”にあたる人たちへの徹底したPCR検査です。

和歌山県では、接触者の中から新たな感染者を素早く見つけ出し囲い込むことで、さらにその先の職場や家庭での感染を少しでも減らしたいと考えました。
国が示している“接触者”の調査の目安は「発症の2日前に会った人」までとなっています。

これに対し、和歌山県ではさらに1日増やし、「3日前に会った人」まで対象を広げてPCR検査を行っています。

1人の患者に対し、最大で100人を検査したこともあったということです。

人手が足りない保健所には自治体から保健師を派遣

こうした徹底した調査を行うためには、多くの保健師の力が必要になります。

保健所は、全国的には各地で統廃合が行われ、規模が縮小されてきました。

そうした中でも、和歌山県は、南海トラフ巨大地震への備えとして、保健所の体制を維持・強化してきました。

去年5月時点での人口10万人あたりの保健師数は和歌山県は44.1人で、全国平均28.4人の1.5倍となっています。

ただ、それでもコロナ対応では不足する保健師。

和歌山県では、第2波のあと、県内の市町村と保健師の派遣協定を結び、人手が足りない県の保健所には、市町村から保健師を派遣してもらう仕組みを作りました。

そして実際にその協定が機能しました。
保健所長
「コロナは、クラスターの発生で急に人手が足りなくなるので対応が難しい。そんなときに地域の事情も知っている市町村の保健師がすぐに応援に来てくれるのは本当に心強かった」
こうした取り組みの結果、和歌山県では、コロナの陽性が判明した人には、翌日までに保健所から連絡が入り、入院につなげられたということです。

診療所の多さをいかしたワクチン接種

和歌山県ではワクチンも比較的早く接種が進みました。

和歌山県は人口10万人当たりの診療所の数が110.8か所と全国で最も多く、この診療所の数の多さをいかして、かかりつけ医がいる診療所での「個別接種」を推し進めました。
個別接種に協力した医師
「患者の状態をよく知っているのは、自分たち、かかりつけの医師。打つ側も打たれる側も安心感があったと思う」

「県や公立病院が全員入院で感染を押さえ込もうとしている状況を見ていて、開業医としても協力したいと思っていた」

「入院調整」は県の技監みずから

病床を増やす。
接触者の検査を徹底的に行う。
ワクチン接種を早期に進めていく。

こうした和歌山県のコロナ対応の指揮をとっている野尻孝子技監は、医師で、保健所長を20年近く経験してきました。

今回のコロナ対応で、感染者の「入院調整」の業務は、実は野尻さんが一人で行っています。

県のトップみずから病院のキーパーソンに電話をかけて入院を依頼しています。
「介護が必要な高齢の家族がいるので、一緒に入院させよう」

「妊婦の陽性者なので、出産に備えて産科がある病院にしよう」
「入院調整」にあたっては、機械的な割り振りにならないよう、患者一人一人のニーズに合った対応を心がけているといいます。

県内の病院の関係者に話を聞くと、複数の人たちから「野尻さんからの入院依頼は断れない…」との声が聞かれました。

「薄氷を踏む思いだった」

それでも急速に感染が拡大した第5波では、和歌山県の「全員入院」の方針は危機を迎えました。
和歌山県 仁坂知事
「これまでの入院率100%は無理かなというところまで追い込まれている。やむをえないが、病状が悪化しないと思われる患者さんにはホテルに移ってもらう」
8月24日の記者会見で仁坂知事は、宿泊療養に使うホテルを和歌山市内に整備して、病床があふれる事態に備えることを表明しました。

病床使用率は96.5%と過去最高になっていました。
その後、感染は急速に落ち着き、感染が確認された患者がそのまま宿泊療養するという事態は避けられましたが、野尻さんは「毎日、薄氷を踏む思いだった」と振り返ります。
和歌山県 野尻孝子技監
「8月から9月は連日、深夜まで入院調整を行い、体力的には限界に近かった。国の通知を受けて、発症から10日の退院基準を7日に緩和したり、病院に電話をかけ続け、病床を1か月で150床増やしたりと、できる手をすべて使ってぎりぎりで乗り切ったというのが実情です」

「第6波」に備えるために

一連のコロナの感染拡大で最大の波となった「第5波」でも、全国で唯一、全員入院の旗を掲げ続けた和歌山県。

「第6波」に備えるために、人口が多い都市部でもできることはあるのではないかと指摘します。
和歌山県 野尻孝子技監
「たしかに和歌山は人口が少なく、病院や保健師との顔の見える関係が築かれていて、『全員入院』という同じ方向性を共有しやすい。一方、人口が多い大都市では顔の見える関係を築くのは難しいので、和歌山のようにはできないと言われているが、私はそうは思わない。大都市でも行政区分を区切っていけば、和歌山県くらいの単位を作ることができる。平時から可能なかぎり準備を進めたうえで、諦めないで徹底してやることではないか。第6波がきても、感染者の調査を行って囲い込み、全員入院させて早期に治療する。そうすることで第5波を越えない波にしていく。そういう当たり前のことを繰り返していくしかない」
新型コロナ対策では、自治体の人口の規模によって事情が違い、感染者への対応も「入院」ばかりが選択肢ではありません。

しかし、みずから掲げた目標に向かって地域の医療機関や市町村とともに徹底した対策に取り組む和歌山県の姿勢には、第6波に備えるヒントがありました。
和歌山放送局 記者
牧原史英
平成16年入局
大阪局 ニュースウォッチ9を経て3年前から和歌山局。
去年2月に県内で起きた国内初の院内感染事例から新型コロナを継続取材。
「和歌山方式」全容はNHKスぺシャル『パンデミック激動の世界(7)』もご覧ください。