銀行みずからリスクをとる 旅館経営に乗り出す地銀

銀行みずからリスクをとる 旅館経営に乗り出す地銀
「県のGDPを10年間で10%=3500億円増やす」
どこかの県知事選挙の公約ではありません。実は、ある地方銀行の経営計画の目標です。
目標達成のため新たに始めようとしているのが、高級旅館の経営。
銀行が宿泊業に参入? そのねらいは、いったいどこにあるのでしょうか。
(大阪放送局 甲木智和記者 野田淳平ディレクター)

異例の目標、銀行内でも“激論”

「県のGDPを10年間で10%=3500億円増やす」
金融機関として前代未聞の目標を打ち出したのは、奈良県唯一の地方銀行、南都銀行です。
コロナ禍前のおととし(2019年)、今後10年間の経営計画を刷新しました。

「お上(政府や自治体)が立てるような目標をわれわれが掲げることは妥当なのか?」
「そもそもどうやって達成するんだ?」
そうした議論もあったと話すのは、南都銀行の船木隆一郎常務です。
船木常務は富士銀行(今のみずほ銀行)に入行後、経営コンサルタント会社や金融庁などを経て、南都銀行に入行。
新卒採用した人材を育て、幹部に登用していく“純血主義”が強い地方銀行では変わり種です。

新たな目標を掲げたその真意について、船木常務はこう語ります。
船木常務
「今までの銀行には、お金は貸すが『実際にやるのはお客さんです、さあ頑張ってください』というところがあった。そうではなくて、地域経済を活性化するためにリスクを共有して頑張る。最終的には地域経済の立て直しをやらないと、われわれの存立基盤自体がどうなってしまうかわからないという、強い危機感が今の銀行内にはあり、この目標を打ち出すことになった」

地域の課題に目を向ける

紛糾した議論の末に掲げられた異例の目標。
この達成のため新たに立ち上げたのが、新会社「奈良みらいデザイン」です。

「銀行みずからがリスクをとる」
その姿勢を象徴する会社とも言えます。

国の規制緩和が進み、これまで制限されてきた「金融以外の事業」に参入することが可能になったことも、背中を押しました。
社長を務めるのは、銀行の執行役員も務める大田直樹さん。
銀行からの出向者を中心に総勢8人。
地域活性化のために何をすべきか。
議論を重ね、会社の方針の中心に据えたのが「地域が抱える課題に目を向けること」でした。

宿泊者数 全国最下位の奈良県

奈良県が抱える大きな課題の1つ。
それが「宿泊事業」です。

奈良県といえば、鹿で有名な奈良公園や聖徳太子ゆかりの法隆寺など、観光名所が多く、関連産業が盛んなイメージをもつ人も多いかも知れません。
しかし実は、県内のホテルや旅館に宿泊する人の数が、全国で最も少ないのです。
大阪や京都から日帰りで来る客が多いのがその要因です。
特に県の中南部には宿泊施設が少なく、人が流れていきません。

そこで新会社は、まずこのエリアにみずから宿泊施設を作ることにしました。
そうすれば、滞在する観光客が増えて、地域ににぎわいが生まれると考えたのです。

大田社長みずからも、候補地を探して各地を走り回りました。
社長自身、銀行員としての姿勢や考え方が大きく変化したと言います。
大田社長
「ビジネスの考え方が『対企業』から『対地域』へと変わり、地域全体の課題を解決していくことがミッションになった。また、これまでのような『支援者』から、地域に不足していることをみずから補っていく『プレーヤー』に変わった。今までの銀行にはない経験だ」

目指す宿泊施設は?

大田さんたちがたどり着いたのは、県南部の吉野町にある築100年あまりの古民家。
9月下旬、古民家を管理してきた団体から所有権を買い取りました。
もともと地域の名士が住んでいた屋敷で、敷地面積はおよそ1000坪。

今後数年かけて宿泊施設にリニューアルし、書物が保管されてきた蔵なども客室として利用する計画です。
ターゲットは富裕層や外国人旅行者など。
部屋数の少ない「滞在型」の宿を目指すことにしています。
“地銀ならではの強み”も魅力アップに生かしたいと考えています。
キーパーソンとなるのは地元 吉野町出身の銀行員。
小さな頃に訪れた山林の奥にある、ひっそりとした滝など、知る人ぞ知る穴場スポットで自然を体感するツアーなどができないか、検討しています。
宿泊者数は少なくても、“ゆったりと地域に滞在できる”という魅力を打ち出し、採算を確保したい考えです。

宿泊施設が軌道に乗って、周辺に飲食店などができれば、新たな人の流れが生まれるかもしれません。
大田さんたちは、宿泊施設を拠点に、地域経済の活性化につなげていきたいと考えています。
大田社長
「それなりのコストはかかるが地域活性化の拠点とすることで、1つの成功事例になればいいと考えている。地域のことはわれわれが一番よく情報も知っているし、地元の方々もよく知っている。新会社の事業は、地銀として生き残っていくための1つの手段にはなると思っている」

活性化の“しかけ”は他にも

新会社は県内の特産品を扱うインターネット上の販売サイトも新たに立ち上げました。
扱うのは、地域で少量だけ生産されている食品や、職人たちによる手作りの工芸品。
奈良県には、県外の人にはあまり知られていない多くの名産品がある、と考える社員たち。
社員みずから地域を歩き回り、大手サイトにはない、地元の銀行だからこそ知る商品の発信を目指しています。

サイトでは、商品が持つ歴史や地域との関わりなどのエピソードもあわせて発信。
地域のファンになってもらい、実際に訪れてもらうきっかけにつなげたいと考えています。

取り組みはうまくいくのか?

今回の取り組みが本当にうまくいくのか。
疑問を抱く人も多いでしょう。
ホテルなど不動産への過剰な融資で不安定な経営に陥った、バブル崩壊後の銀行の姿が脳裏をよぎった人もいるかもしれません。
今回、南都銀行は宿泊事業のノウハウのある企業からサポートを受けますが、率直に言って簡単ではないと、取材した私たち自身も感じました。

それは、大田社長をはじめとする新会社のメンバーたちも同じです。
ただ、今、地域の10年後、20年後を見据えて“種”をまいておかなければ、地域経済が衰退してしまう。
その強い危機感が、社員たちの背中を押しています。

また会社では、こうした取り組みが、銀行の将来を担う新たな人材の育成にもつながるのではないかと考えています。
船木常務
「こうした経験をした社員が一般の支店に戻った時、お客様の融資を単に審査するのではなく、商売のさらなる成長のため、より踏み込んだ提案ができるようになるのではないかと期待している。長い目で見れば、どこかで必ずシナジー(相乗効果)がある」

岐路に立つ地銀

バブル崩壊後、不良債権問題が深刻となり、銀行には慎重な融資が求められてきました。
銀行は“リスクを取りたがらない”と言われますが、そこにはこうした長年の経緯もあります。
しかし今、地銀は大きな岐路に立っています。
日銀の金融緩和による超低金利や地域の人口減少などを背景に、地銀を取り巻く経営環境は悪化。
“待ったなし”の状況です。

ただこうした中でも、銀行特有の文化にも変化の兆しは出てきています。

まだ規模は小さいものの、将来性のあるベンチャー企業。
成功の見極めは難しいけれど、地球規模の課題を解決する可能性のある技術。
こうした企業や技術への融資に、銀行側も積極的に応じようとする姿勢が出てきています。
南都銀行の事業がどこまで成功するのかはまだわかりません。
新型コロナで打撃を受けた地域経済の立て直しと活性化は、むしろ重要性を増しています。

地域の重要さを改めて見直そうとする今回の挑戦が、どこまで銀行自身の力を伸ばし、活性化につなげることができるのか。
その過程を見つめていきたいと思います。
大阪放送局記者
甲木 智和
2007年入局。
経済部で金融業界などを取材し、現在、大阪局で経済担当
大阪放送局ディレクター
野田 淳平
2007年入局。
報道局政経・国際番組部などを経て大阪局。
主に報道番組を担当