“戦後まもなくから変わらない”日本の中絶

“戦後まもなくから変わらない”日本の中絶
性犯罪やDVによる妊娠、経済的理由など、さまざまな事情で選択される人工妊娠中絶。

しかし、日本では制度や技術が戦後まもない時代から大きく変わらず、やむなく中絶を選択した女性たちに大きな負担を強いています。

望まない妊娠をした女性たちは、その苦しみに目を向けてほしいと訴えています。
(科学文化部記者 池端玲佳)

“彼氏の同意が必要” 手術を断られた女性

「相手の方の同意がなければ、うちでは手術できません」

ユカリさん(仮名)が20代だった6年前、医師から告げられた言葉です。
当時交際していた男性は、妊娠の事実を告げたとたん、一切連絡がとれなくなりました。

病気の両親を抱え、ほかに頼れる人もいなかったユカリさんは、悩んだ末、中絶を決意しました。

しかし、意を決して訪れたクリニックで、手術を断られたのです。
ユカリさん
「選択肢を全部絶たれてしまったと、目の前が真っ白になりました。中絶することになってしまったという罪悪感がとても大きかったので、こんなふうに扱われるような悪いことをしてしまっているのかという思いが強かったです」
母体保護法では、人工妊娠中絶ができる条件として「配偶者の同意を得て行う」としていて、結婚している場合には配偶者の同意が必要とされています。

厚生労働省によりますと、この規定は1948年に旧優生保護法が制定されたときから変わっていないということです。

一方で、未婚の場合や暴行、脅迫によって妊娠した場合などは法的には相手の同意は必要ありません。

しかし、実態としては医療機関から相手の同意を求められるケースが少なくありません。

ユカリさんはその後、相手の同意がなくても対応してくれる病院を探し出し、手術を受けました。

不要な同意 求められる背景は

この本来不要な同意について、全国で相談が相次いでいます。

中には、▼同意がないことを理由に手術を断られ、中絶が可能な妊娠週数ぎりぎりでようやく病院が見つかったケースや、▼性暴力を受けて妊娠した女性が、逃げた加害者の同意を求められ、医療機関をたらい回しにされたケースまでありました。
弁護士のグループは、2020年7月、厚生労働省に是正措置を求める要望書を提出しました。
望まない妊娠の結果、出産に至り、赤ちゃんが遺棄された事件も起きています。

2020年6月、愛知県で20歳の専門学校生の女性が、出産したばかりの赤ちゃんを遺棄し、死体遺棄などの罪で起訴されました。
裁判では、法的には必要のない相手の同意を求められ、複数の医療機関で中絶を断られた末の出産だったことが明らかになりました。

こうした問題に詳しい弁護士は、訴訟を恐れる医師側の姿勢に問題があると指摘します。
上谷さくら弁護士
「本来相手の同意は不要なのですが、手術した後で、父親にあたる人物から“なんで勝手に中絶手術をしたのか”と民事裁判で訴えられるという危険性を医師側が恐れているという現実があります」

“配偶者の同意必要” 11の国と地域のみ

声を上げ始めた女性たちもいます。

2021年9月、市民団体「国際セーフ・アボーション・デーJapanプロジェクト」は、4万人分の署名を厚生労働省に提出しました。

母体保護法に「配偶者の同意」の規定があることが、本来不要な相手の同意を求めることにつながっているなどとして、規定そのものの廃止を求めています。
「女性が求めても男性の同意がないと中絶ができない。自分の体を守るために女性が声をあげていかなければいけない」
この団体によると、中絶の際に「配偶者の同意が必要」としているのは、日本やインドネシア、サウジアラビアなど11の国・地域しかないということです。
国連の女子差別撤廃委員会も、2016年、日本に対し、規定を撤廃するよう求めています。

厚生労働省の担当者は「個人の倫理観などと深く関係する難しい問題であり、慎重に検討していきたい」としています。

金属製の器具でかき出す“そうは法”

女性を苦しめるのは、同意の問題だけではありません。

中絶手術の安全性にも課題が指摘されています。

日本では、70年以上前から「そうは法」という方法で手術が行われています。
金属製の棒を使って子宮の入り口を広げ、子宮の内容物を「鉗子(かんし)」と呼ばれるハサミに似た器具で取り出し、金属製のスプーンに似た器具を使ってかき出すという方法です。

ほかの方法との併用も含めて、6割以上が「そうは法」で行われています。
(2019年時点 日本産婦人科医会調査)

“子宮を突き破り、小腸まで達していた”

「そうは法」による中絶手術で、命が危ぶまれる状態になった女性がいます。

ミキさん(仮名)は10年前、妊娠初期に中絶手術を受けました。

手術は20分ほどで終わりましたが、術後も激しい痛みが続き、救急搬送されました。
女性は、「そうは法」の金属の器具で子宮を突き破られていました。

小腸も40センチにわたって傷つけられ、出血を引き起こしていたのです。

医師側は医療ミスを認めましたが、それでも、責める矛先は自分自身に向きました。
ミキさん
「中絶手術で傷ついたであろうということで、最悪亡くなっていたかもしれないと言われました。自分が子どもをおろしてしまったことが、こんな形で返ってきたのかなとか、自分を責める気持ちがありました」

WHOも“やめるべき”

「そうは法」について、WHO=世界保健機関は、▼子宮を傷つけたり、出血したりするなどの頻度が「吸引法」の2倍から3倍高いこと、▼女性にかなりの痛みを強いることなどを理由に、やめるよう求めています。

厚生労働省も2021年7月、日本産婦人科医会などに対し、WHOのガイドラインを引用し、国際的な動向を踏まえるよう通知を出しました。

これに対し、日本産婦人科医会は「我が国のそうは法は、歴史もあり、その手技に習熟した慣れた医師は安全に確実に行っている」などと主張しています。

海外ではより安全な方法が普及

一方、海外の多くの国々では、別の方法が普及しています。

WHOは、柔らかいプラスチック製のチューブを入れ、子宮内を真空状態にして吸い出す「手動真空吸引法」を推奨しています。
子宮を傷つけず、痛みも少なく、局所麻酔で済むというメリットがあります。

しかし、国内でこの方法だけで行われる手術は、全体の1割です。

“中絶薬” 日本は未承認

さらに、錠剤の「中絶薬」を飲む方法も70か国以上に普及していて、WHOも安全で効果的だとして推奨しています。

妊娠の進行を抑える錠剤を飲んだ2日後に、子宮を収縮させる錠剤を服用します。

日本でも、治験で有効性と安全性が確認されたとして、製薬会社は2021年中には、国に承認の申請をしたいとしています。

この薬、海外では平均価格も日本円で760円ほど。

10万円から20万円自費でかかる、日本の初期中絶の手術費用に比べ、金銭的な負担は軽くなっています。

日本産婦人科医会は「当面は、入院設備のある中絶の実施医療機関で取り扱うべきだ」としていて、費用負担がどの程度になるかは決まっていません。

女性に寄り添った安全な方法を

安全な中絶の普及に取り組んでいる産婦人科の遠見才希子医師は、女性に寄り添った形に変えるべきだと批判しています。
遠見医師
「手術を受ける女性の立場で考えれば、国際的に時代遅れでやるべきではないと勧告されている技術を受けるしかないというのは、人権侵害に近い状況だ。いい中絶とか悪い中絶とか、安易に中絶しているとか、他人が決めつけることはできない。どんな状況でも安全な中絶へのアクセスを保障する変化が必要だと思います」

取材を通じて

今回取材した女性たちは「中絶したのだから、苦しむ状況になっても仕方ない」と、自分を責める思いを抱えていました。

国内で人工妊娠中絶は年間14万件あまり行われています。

望まない妊娠をした女性たちを、社会的に支える仕組みが足りないという声もあります。

妊娠・出産は女性だけが抱えることではありません。

中絶に至る前の、避妊、性交後でも妊娠を防げる緊急避妊薬なども含めて、どうすれば女性が苦しむ状況を避けられるのか、男性も含めて考えてほしいと感じました。
科学文化部記者
池端玲佳
平成22年入局
2局目の金沢放送局で、発達障害の子どもをめぐる研究を取材して医療に興味をもつ
平成28年から科学文化部で、生殖医療や周産期医療を中心に取材