大谷翔平の衝撃 チームメートが語る

大谷翔平の衝撃 チームメートが語る
大リーグで今シーズン、話題の中心であり続けた大谷翔平選手(27)。
ピッチャーとして9勝、156奪三振、バッターとしてホームラン46本、26盗塁のすさまじい記録を残し、現代野球では例のない投打の二刀流を1年間やり遂げた。史上初めてオールスターゲームに投打の両部門で選出され、ホームラン競争にも初出場。先発登板した試合では160キロを投げ、最初の打席で先制ホームランを打つ。ホームラン王争いトップでマウンドに立ち、2位の選手相手に投げる。
マンガでもお目にかからないようなそんな活躍を、いちばん近くで見ていたエンジェルスのチームメートたちはどのように感じていたのか。大谷選手の歴史に残る1年の衝撃を彼らのことばで描いてみた。(アメリカ総局記者 山本脩太)

証言1 ジョー・マッドン監督(67)

二刀流を疑っていた人たちが間違っていたことを彼は証明した
2021年、二刀流で歴史を塗り替え続けたシーズンをこの人抜きには語ることはできない。最優秀監督賞を3回受賞し、カブス時代の2016年にはチームをワールドチャンピオンに導いた大リーグきっての知将は、2月のキャンプ初日に大谷選手の「フル稼働戦略」を公表。「登板前後に休養日をあてていた、これまでの翔平ルールをことしは作らない」と宣言した。マッドン監督がこの大きな決断ができたのは、なぜなのか。
マッドン監督
「私はルールが好きではない。権力を持つ人間が制限を設けて他人の偉業を妨げることが多いが、私はルールではなく誠実さが必要だと常々思っている。その点、彼は誠実で謙虚な人間だ。うそを言わないし、発言には責任を持つ。私は今シーズン、(通訳の)一平と毎晩メールしていたが、『あすはだめです』と言ってきたことは1度もなかった。いつも『準備万端です、いけます』と答えが返ってきた。そして次の日球場に来ると、彼はいつも元気いっぱいだった。彼はことし『ルールがない』というルールを作った。これは私が作ったのではない。彼自身が作ったものだ。そして彼は、二刀流を疑っていた人たちが間違っていたことを証明して見せた」
大谷選手は、大リーグに挑戦した2018年に右ひじのじん帯を修復する「トミー・ジョン手術」、翌年には左ひざの手術を経験し、去年は開幕直後に右腕を痛めてピッチャーを断念。ケガに悩まされてきただけに、疲労が蓄積される懸念が大きいこの起用法は当初、大胆すぎるとも思われたが、マッドン監督は大谷選手のある“表情”に注目していた。
マッドン監督
「投げた翌日に体は痛いに決まっている。私だって、高校時代に投げた翌日は痛かった。ほかの先発ピッチャーに『投げた翌日に4打席立ってホームランを打って、盗塁して、一塁にいる時にツーベースが出たらホームまで走ってかえれるか』と聞けば、誰1人できるとは言えないだろう。できるとしても1回くらいだろう。それを彼はやってのける。タフさは本当にすごいが、何より彼はいつも笑顔だ。プレーする純粋な楽しさが、彼を疲れなくさせていた。野球は遊びだ。生きるか死ぬかの戦いだと思っている選手が多いが、そうではない。内なる楽しさや喜びがなければ気が重くなり、何かに押しつぶされてしまう。楽しむ力を甘く見てはいけない。彼は純粋にプレーを楽しみ、野球が遊びだということを正しく理解している。彼のようにプレーを楽しむ選手が増えてほしい」

証言2 マイク・トラウト選手(30)

全部 言ったとおりに打った
大リーグ屈指の強打者、トラウト選手。アメリカンリーグMVPを3回受賞し「史上最高の選手」と評されることも多いエンジェルスの“顔”とも言うべき存在だ。
今シーズンも序盤は打率3割を超える活躍を見せていたが5月にふくらはぎを痛めて離脱。そのまま復帰することなくシーズンを終えた。リハビリ中もチームに帯同し、常にベンチから試合を見ていたトラウト選手は「彼と同じチームで幸せだ」と笑顔で話した。そして、大谷選手の“修正力”について話してくれた。
トラウト選手
「どの試合かは覚えてないが、翔平が1打席目にインコース高めの速球に詰まってアウトになったことがあった。それを見て、彼に言ったんだ。『次にインコースの球が来たらライトスタンドに、アウトコースのボールはレフト側のブルペンに、チェンジアップなど球速の遅いボールはセンターに打ち込め』と。彼は全部そのとおりにやった。本当にすごいし、彼のプレーを見るのは楽しくてしょうがない」
トラウト選手が話したのは7月2日のオリオールズ戦。第1打席は初球のインコース高めの速球に差し込まれてセカンドフライだった。そこでトラウト選手からアドバイスを受け、第2打席で初球に同じように来たインコース高めの速球を完璧に捉えて29号ソロ。第3打席はアウトコースのボールをレフトへたたき込んで30号ツーラン。
そして2日後のオリオールズ戦では低めのスライダーをすくい上げて特大の31号。
松井秀喜さんの持っていた日本選手のシーズン最多記録に並んだホームランは、ベンチで見ていたトラウト選手にとっても忘れられない1本となった。

証言3 カート・スズキ選手(38)

彼は野球の未来を変えている
今シーズンからエンジェルスに加入したキャッチャーのカート・スズキ選手。ハワイ出身で日系3世、ナショナルズ時代にはワールドチャンピオンも経験しているメジャー15年目のベテランにとっても、大谷選手のプレーは初めて見ることの連続だった。
スズキ選手
「なぜ疲れないのかと考えながらいつもみとれている。疲れていたとしても彼はそれを見せない。彼が投打でやっていることを見ていたら、自分も『疲れた』なんて言ってられない。彼は野球そのもの、野球の未来を変えていると思う。彼を見て同じことをしたいと思う子どもも増えるし、二刀流をやらせるチームも増えるはずだ」
そして、キャッチャーの視点からこう続けた。
スズキ選手
「ピッチャーとして、もともとすごいボールは持っていた。だが彼自身はその球質やコントロールに満足していなかった。ことしはとにかくマウンドに立って、試合で投げることに慣れるのがいちばん大事だった。投げることで、彼は怖いくらい毎日うまくなっている。もうここがマックスかなと思った途端、さらにそれを超えるものを見せてくれる。それが彼の本当にすごいところだ」

証言4 マックス・スタッシー選手(30)

バッターは待ってても 打てない
もう1人のキャッチャー、スタッシー選手にも話を聞いた。今シーズン、大谷選手の特筆すべき登板時にマスクをかぶっていた選手だ。

9月19日のアスレティックス戦。ベーブ・ルース以来の「ふた桁勝利、ふた桁ホームラン」達成がかかったこの試合で、大谷選手は8回2失点、三振10個を奪った。
勝ち投手にはなれなかったが、驚くべきはその内容。108球のうち、実に半分以上の57球が鋭く落ちるボール、スプリットだった。通常ならありえない配球になった舞台裏を明かしてくれた。
スタッシー選手
「試合前に彼が『きょうはスプリットに自信があるからたくさん投げたい』と言ってきたんだ。彼のスプリットは何種類かあって、縦に落ちるものや、横に動くものもあるが、あの日は特に感覚がよかったようだった。途中から相手バッターも明らかにスプリットを待っていたが、それでも打てなかった。それだけボールがすばらしかった。一流の中の一流だった」
おととしまで所属したアストロズでは、バーランダー投手やコール投手など大リーグを代表するピッチャーのボールを受けてきたスタッシー選手。その誰よりも「大谷選手が優れていると思う」点を話してくれた。
スタッシー選手
「大谷選手がどのピッチャーよりも優れているのはメンタルだ。彼は毎日同じ人で、成功にも失敗にも決して動揺せず、常に冷静さを保っている。自分を完璧に理解していて、マウンド上でもそれは変わらない。いつアプローチを変えるか、どの状況でどの球種を選択するかをわかっている。バッターの目線からどう見えるかも知っているし、カウントによってバッターの考えがどう変わるか、いつ裏をかけばいいかを知っている。私は過去にすばらしいピッチャーのボールを何人も受けたが、彼はその誰にも劣っていない。世界一の選手がふだんあれだけ努力する姿を見て刺激を受けない選手はいない。彼を見習わないと」

チームメートが称賛した大谷選手の“人間力”

4人を取材して感じたのは、いずれも大谷選手の誠実さ、謙虚さ、冷静さといった“人間力”を称賛していたこと。プレーそのものはもちろんだが、そこに至るまでの過程や姿勢にみな感銘しているようだった。
大谷選手にとっては、グラウンドに落ちているごみを試合中に拾うのと同じように、きっと意識してやっていることではなく自然なふるまいなのだろう。だが、トップの選手のふるまいだからこそ私たちは頭が下がる思いになり、見習おうと感じる。
「率先垂範」を実践することで、みずからを高め周りも高める“大谷選手の衝撃”はエンジェルスというチームの中で確かに広がっていた。
アメリカ総局
スポーツ担当記者
山本 脩太
2010年入局
スポーツニュース部で
スキー、ラグビー、
陸上などを担当
去年8月から現所属