ノーベル賞 真鍋淑郎さん単独インタビュー「好奇心が大事」

ノーベル物理学賞の受賞が決まった真鍋淑郎さん(90)がアメリカにある自宅で取材に応じ、「物理学賞というのはふつうは純粋な物理が対象となるものですけれども、気候変動が物理学賞の対象になったことにびっくりしています。これまでの受賞者を見てもこういうテーマに対してノーベル賞が出たことはありません。非常に光栄なことだと思っています」と驚きと喜びを語りました。

自身が今回受賞したテーマを専攻したきっかけについては、「東京大学の地球物理教室にいた当時、天気予報を発展させて気候モデルを作っており、はじめは好奇心でやっていたが、アメリカに呼ばれて、コンピューターも使い放題で、全地球的な気候モデルの開発を始めました。1960年代のアメリカは冷戦を背景とした競争の中にあって非常に科学研究に力を入れていて、電子計算機の導入も盛んで、アメリカに呼ばれたのも幸運だったうえ、計算機が急速な進歩を遂げたというのも幸運で、いろいろな幸運が重なって今に来ている」と話しました。

その上で、真鍋さんは若手の研究者に対し「やはりこの研究がもとは好奇心からスタートした。だから、今の日本でも世界でも、はやりの研究テーマでコンピューターを使って結果を出すという形でやっているが、本当におもしろい研究は好奇心から出た研究が大事だ。日本の若い人たちも好奇心ばかりで研究をしていたのでは研究費が出てこないかもしれないが、そこのバランスを上手に考えてやらないと、時代の流行に流されておもしろい研究は絶対にできない。そういうところに焦点を置いてやることが重要だ」と述べ、みずからの好奇心を大切にしながら研究を行うことの大切さを強調しました。

真鍋さんの家族 「本人は本当にびっくり」

真鍋さんの家族は「発表後にいろいろなところから電話がきて驚いています。今、プリンストン大学と本人が相談をしていて、近いうちに説明する場を設けたいと話していました。本人は本当にびっくりして『純粋な物理ではないが世の中のためになるものであり、受賞できてうれしい』と言っていました」と述べました。

愛媛県出身 その経歴は

真鍋さんは現在の愛媛県四国中央市、旧新宮村の出身です。

新宮村は愛媛県の東予地方にあった山あいに広がる宇摩郡の一部で、2004年に市町村合併で四国中央市になりました。

合併前は人口およそ1000人ほどの小さな村でした。

地域をよく知る四国中央市の市議会議員だった男性によりますと、真鍋さんは昭和6年に生まれ、父親は地元の開業医だったということです。

真鍋さんは当時の新宮尋常高等小学校、現在の新宮小学校に通っていました。

その後、村外に出て旧制三島中学、現在の三島高校を卒業するまで愛媛県で過ごし、東京大学に進学します。

大学で博士号を取得したあとはアメリカの海洋大気局で研究を行い、地球温暖化研究の根幹となる成果などをあげてきました。

旧新宮村には幼い頃を過ごした家が残っているということです。