ノーベル賞 4日から受賞者発表 注目はワクチン開発貢献の2人

ことしもノーベル賞の受賞者の発表が4日から始まりますが、大きな注目を集めているのが新型コロナウイルスワクチンの開発に貢献したハンガリー出身のカタリン・カリコ氏ら2人の科学者です。

ことしもノーベル賞の受賞者の発表が4日から始まりますが、発表を前に大きな注目を集めている科学者がいます。

新型コロナウイルスのワクチン「mRNAワクチン」の開発で大きな貢献をしたドイツのバイオ企業ビオンテックの上級副社長を務めるカタリン・カリコ氏と、アメリカ・ペンシルベニア大学教授のドリュー・ワイスマン氏の2人です。

「mRNAワクチン」は新型コロナウイルスの表面にある「スパイクたんぱく質」と呼ばれる突起を遺伝物質であるmRNAを投与することでヒトの体内に作り出し、免疫の仕組みを働かせる全く新しいタイプのワクチンです。

ファイザーとモデルナのワクチンに採用され、臨床試験でいずれも90%以上という高い有効性が確認され、世界各地で接種が進められています。

しかしmRNAは体内に入れると異物として認識され炎症反応を引き起こしてしまうため、これまでワクチンなどとして使うのは難しいと考えられてきました。

この問題に挑んだのがカリコ氏らです。
mRNAを構成する物質の1つ「ウリジン」を「シュードウリジン」に置き換えることで炎症反応が抑えられることを発見しました。

さらに特定のシュードウリジンに置き換えれば、目的とするたんぱく質を作り出す効率を劇的に上げられることも明らかにしました。

これによってmRNAをワクチンなどに利用する道がひらかれ、新型コロナウイルスでは短期間に有効性の高いワクチンの開発につながりました。

2人はことし、アメリカで最も権威ある医学賞とされ、ノーベル賞の登竜門とも言われるラスカー賞にも選ばれていて、ノーベル賞発表に世界中の注目が集まっています。

カリコ氏 苦難の連続を経てつかんだ功績

ハンガリー生まれのカリコさんは首都ブダペストから東におよそ150キロ離れた地方都市で育ちました。

家族は精肉店を営んでいました。

大学で生化学の博士号を取得したあと地元の研究機関で研究員として働きましたが、研究資金が打ち切られたことから1985年、夫と娘の3人でアメリカに渡りました。

当時ハンガリーは社会主義体制。外国の通貨を自由に持ち出すことができなかったため、出国の際にカリコさんは2歳の娘が持っていたクマのぬいぐるみの中に全財産の900ポンドをしのばせてアメリカに持ち込んだということです。

アメリカではペンシルベニア州のテンプル大学やペンシルベニア大学で研究員などとして働き、mRNAなどの研究に没頭。

しかし研究成果はなかなか評価されず、助成金の申請を企業から断られたり、所属していた大学の役職が降格になったりするなど苦難の連続だったといいます。

そうした中、ペンシルベニア大学の中でコピー機を使う際にことばを交わしたことがきっかけでHIVのワクチン開発の研究をしていたドリュー・ワイスマン教授と知り合い、2005年、今回のワクチン開発に道をひらく研究成果を共同で発表しました。

しかしこの論文も当時は注目されず、2010年には関連する特許を大学が企業に売却してしまいました。

多くの研究者がその可能性に気付かない中、ドイツの企業ビオンテックはこの研究成果に注目。

ビオンテックに招かれたカリコさんは2013年に副社長に就任、2019年からは上級副社長を務めています。

去年3月、ビオンテックは以前から共同で研究していたアメリカの製薬大手ファイザーとmRNAを用いた新型コロナウイルスワクチンの開発を開始すると発表。臨床試験で95%という高い有効性を確認したとして世界を驚かせたあと、共同開発の発表からわずか9か月後の去年12月に一般の人へのワクチンの接種が開始。

カリコさんらの功績が世界に認められることになりました。

「可能性は無限大」医学に革命もたらす研究成果とは

カリコ氏らの研究成果は、新型コロナウイルス以外のワクチンの開発でも多くの利点があることや、さまざまな病気の治療にも使える可能性があることから「医学に革命をもたらす」とも言われています。

ワクチンの開発ではウイルスの遺伝情報を使って短期間にワクチンを作り出せることから、カリコ氏が上級副社長を務めるビオンテックは新型コロナウイルスが流行する前からインフルエンザやがんなどのmRNAワクチンの開発に力を入れていました。

インフルエンザではすでに他の種類のワクチンが広く使われていますが、mRNAワクチンであればより短い期間での大量生産が可能で年によって異なる流行の型にも対応しやすくなると注目されています。

がんではさまざまなたんぱく質に対応しやすい特徴を生かし、患者一人一人にあったワクチンを開発することができるようになるのではと期待されています。

ビオンテックは「われわれにはmRNAワクチンの時代がはっきりと見えている」として、マラリアや結核などの病気でもmRNAワクチンの開発を進めることにしています。

この方法では体内で思いどおりのたんぱく質を作れることから、さまざまな病気の治療に応用できる可能性があります。

RNAを研究していて、カリコ氏とも長年交流のある東京医科歯科大学の位高啓史教授は2019年7月、mRNAを使った脊髄損傷の新たな治療法についてマウスの実験で成功したと発表しました。

神経細胞の機能を高めるたんぱく質を作るmRNAを脊髄が損傷したマウスに注射したところ、後ろ足を引きずっていたのが1、2週間で歩き方に改善がみられたといいます。

さらに2021年1月にはmRNAを使って脳の神経細胞が死ぬのを抑えるラットの実験にも成功したと発表しました。

神経細胞を保護する働きのあるたんぱく質を作るmRNAを脳の神経細胞が死に始めたラットに投与したところ、投与しなかったラットに比べて多くの細胞が生き残ったということです。

位高教授は「体内のいわゆる生命現象はたんぱく質の働きから成り立っていて、mRNAはどのようなたんぱく質でも作れる。そう考えると、その可能性は無限大に近いと思います。ワクチンよりは遅れますが、5年後、10年後という時期には複数のmRNA医薬が実用化されて、徐々に一般的な存在になることを期待しています」と話しています。

平和賞 筆頭候補は「国境なき記者団」

ノルウェーの「オスロ平和研究所」は毎年、ノーベル平和賞の発表に先立ち受賞候補を予想しています。

ことしも複数の団体や個人の名前が挙がっていて、筆頭にはフランスのパリに本部を置き世界のジャーナリストの権利を守る活動をしている「国境なき記者団」が挙げられています。

研究所はその理由について、アメリカで大統領選挙の結果に不満を持つトランプ前大統領の支持者らが連邦議会議事堂に乱入した事件などを踏まえ「誤った情報は危険だ。報道の真実性は開かれた言論と民主主義が機能するために欠かせない」と説明しています。

また、ベラルーシの独裁的な政権に対し抗議活動を続けるスベトラーナ・チハノフスカヤ氏、国連の気候変動枠組条約と事務局長のパトリシア・エスピノーサ氏、中国の少数民族ウイグル族の人権擁護に取り組むイリハム・トフティ氏なども、ことしの候補に挙げられています。