“東洋一の規模”東芝のテレビ工場 半世紀余りの歴史に幕 埼玉

日本の高度経済成長期に「新三種の神器」とも言われたテレビの生産拠点で、東洋一の規模ともうたわれた、埼玉県深谷市の東芝の工場が30日、閉鎖され、半世紀余りの歴史に幕を下ろしました。

東京ドーム6個分の広さがある東芝の深谷事業所は、国内初のカラーテレビ専門工場で、昭和40年の操業開始以来、ブラウン管から液晶テレビに至るまでテレビ生産の一大拠点となっていました。

最盛期には7000人ほどが働いていましたが、現在は閉鎖の作業にあたる数人だけで、30日は午後に最後の「終礼」が行われ、責任者が「明日からの新しい職場でも、深谷事業所で培った経験を生かし誇りを持って働いてほしい」とあいさつしました。
そして、午後4時半ごろに正門にある表札が取り外され、半世紀余りの歴史に幕を下ろしました。

テレビを開発・生産していた日本の電機メーカーは、液晶テレビの時代に入ると次第に韓国メーカーなどとの競争が激しくなり、シェアを奪われるのに伴って国内の拠点を縮小しました。

かつて東洋一の規模とも言われたこの工場も、9年前にテレビの生産から撤退し、最近では航空機に使われるブラウン管などの生産に絞って操業していました。

建物は解体されることになっていますが、広大な土地の利用方法は決まっておらず、会社は深谷市などと協議して、今後の活用策を検討していくことにしています。