千々石ミゲルの墓特定に向けた発掘調査 発見の骨を調査へ

16世紀に天正遣欧少年使節の一員としてヨーロッパに派遣された千々石ミゲルの墓の特定に向けた発掘調査が長崎県諫早市で行われ、調査グループは発見された人間のものとみられる骨について専門的な調査を進めることになりました。

千々石ミゲルは今の長崎県雲仙市に生まれ、天正10年=1582年にキリスト教を信仰する戦国大名に派遣された4人の少年使節の一員としてヨーロッパを訪問し、当時のローマ教皇にも会いました。

千々石ミゲルのものとされる戒名が書かれた石碑が見つかった長崎県諫早市多良見町では墓の特定に向けた発掘調査が先月23日から行われ、16日に調査結果の説明会が行われました。
この中で別府大学の田中裕介教授は人間のものとみられる頭骨や歯、それに折り曲げた足の骨や棺のものとみられる金属製のくぎなどが見つかったと明らかにしました。

一方で今回、期待されていたキリシタン信仰に関する副葬品などの発見には至りませんでした。
発掘調査を企画した千々石ミゲルの子孫の浅田昌彦さんは「きれいな状態の骨が見つかり、千々石ミゲルのものかどうか、特定につながる非常に大きな一歩になると期待している」と話しました。

調査グループは発見された人間のものとみられる骨について今後、専門家に依頼して詳しい調査を進めることにしています。