東日本大震災と原発事故から10年半 暮らし再生など課題なお

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から11日で10年半です。

住まいの復興は進んだ一方、暮らしの再生や今も立ち入りが厳しく制限される福島の帰還困難区域の解除、さらに震災の記憶の伝承など、課題は残されています。

10年半前の3月11日、東北沖でマグニチュード9.0の巨大地震が発生し、高さ10メートルを超える大津波が押し寄せました。

東京電力福島第一原子力発電所は津波で電源を喪失し、3基の原子炉が次々にメルトダウンを起こしました。

警察庁によりますと、全国で亡くなった人はことし3月時点で宮城、岩手、福島など合わせて1万5899人で、行方不明者は全国で合わせて2526人となっています。

また、復興庁によりますと、避難生活による体調の悪化などで亡くなったいわゆる「震災関連死」はことし3月末の時点で、全国で少なくとも合わせて3774人で「関連死」を含めた死者と行方不明者は少なくとも2万2199人に上っています。

自宅を失った人が入居する「災害公営住宅」は去年12月、計画していたおよそ3万戸のすべてが完成し、最大で11万人以上が身を寄せていたプレハブの仮設住宅は、宮城県では去年4月までに、岩手県でもことし3月末までにそれぞれ全員退去しました。

一方、8月発表された災害公営住宅の入居者を対象にした宮城県の調査では、1人暮らしの高齢者が3分の1を占めたほか、5人に1人が「相談相手がいない」と回答するなど、コロナ禍などもあって被災者の孤立が深まっています。

福島県では原発事故による避難指示が、今も7つの市町村の合わせて337平方キロメートルに及ぶ帰還困難区域で続いています。

このうち92%の地域では、避難指示の解除の見通しが示されていませんでしたが、国は8月、2020年代までに希望する住民が帰還できるよう必要な箇所を除染し、解除の取り組みを進めるという方針を初めて示しました。

ただ、避難先での生活が定着する中帰還の判断は難しく、住民の意向をどう把握し、どこまで除染するのかが引き続き課題です。

さらに、被災地でも震災を知らない世代が増え、コロナ禍で語り部活動などが制限を受ける中、震災の教訓をどのように伝えていくかも課題となっています。