IOCのジャック・ロゲ前会長が死去 79歳

IOC=国際オリンピック委員会で2013年まで会長を務めたジャック・ロゲ前会長が亡くなりました。79歳でした。

これは29日、IOCが発表しました。

ロゲ前会長はベルギー出身の医師で、セーリングの選手として夏のオリンピックに3回出場しました。

その後、ベルギーのオリンピック委員会の会長などを経て、2001年にそれまで20年余りにわたって会長を務めオリンピックの商業化路線を推し進めたサマランチ元会長の後を受けて第8代の会長に就任し2013年までの12年間、IOCの会長を務めました。

その間に、オリンピックの肥大化を抑制するため選手数に実質的な上限を設けたほか、実施競技の見直しにも取り組みました。

また、クリーンなスポーツ界を目指してドーピング違反の取締りの強化に取り組み、若い世代の選手の育成のためのユースオリンピックの創設に尽力しました。

2013年にブエノスアイレスで行われた会長としての最後のIOC総会では、2020年の開催都市に決まった「東京」の名前を読み上げた会長としても知られています。

IOCは29日、ロゲ前会長の死去を「深い悲しみ」ということばとともに発表しました。

このなかでバッハ会長は「IOCの近代化と改革を支えた偉大な会長でした。特にユースオリンピックを創設したことは人々の記憶に残るものです。またクリーンなスポーツの熱烈な支援者であり、ドーピング違反という悪と戦い続けました。オリンピック界全体として偉大な友人でありスポーツの情熱的なファンである前会長を失ったことに深い哀悼の意を表します」とコメントしました。

IOCのロゲ前会長の訃報を受けて、IPC=国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長は、30日出席した記者会見の冒頭で出席者全員とともに1分間の黙とうを捧げ、オリンピックとともにパラリンピックの発展にも貢献した前会長の死を悼みました。

パーソンズ会長は、ロゲ前会長について「IPCとIOCの2つの組織の発展をいつも助けてくれた。とくに2004年のアテネ大会では初めて両大会が1つの大会組織委員会によって運営されたことでパラリンピックに多大な変化をもたらした」と述べて、その業績をたたえました。

そして「よき友人であり、セーリングの元選手としても尊敬していた。大会期間中に亡くなるとは誰も思っていなかったので、朝起きて亡くなったことを知り、とても悲しい気持ちになった。彼のご家族とすべてのオリンピック関係者にお悔やみ申し上げたい」と話しました。

JOC山下会長「スポーツの力を信じ惜しみない貢献をされた」

IOCのロゲ前会長が亡くなったことについて、日本オリンピック委員会の山下泰裕会長が「心より哀悼の意を表します。若者のスポーツ参加へのアプローチとしてユースオリンピックを創設するなど多大なる貢献をされました。それは東京大会における次世代の若手アスリートの活躍につながる下地を作ったと言っても過言ではありません。スポーツの力を信じ、惜しみない貢献をされたロゲ前会長の意思を、オリンピックファミリーの一員として、多くの方と共につないでまいります」となどとコメントしました。

組織委 橋本会長「東京大会を安全・安心な形で必ず成功」

IOCのロゲ前会長が亡くなったことについて、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の橋本会長は「心から哀悼の意を表します。ロゲ前会長はオリンピックムーブメントの推進に力を注がれ、ユースオリンピックの創設など特に若者のスポーツ離れに対する危機感に対して一早く行動を起こされました。2013年9月、ブエノスアイレスのIOC総会で、TOKYOと書かれたカードを掲げて開催決定を発表いただいた姿が、今でも目に焼き付いています。東京大会を安全・安心な形で必ず成功させたいと思います」などとするコメントを発表しました。

東京都 小池知事「心から哀悼の意」

ロゲ前会長が亡くなったことについて、東京都の小池知事は「心から哀悼の意を表します。2013年のIOC総会で、当時のロゲ会長のもと、東京は開催都市に選ばれました。それから私たちは準備にまい進してまいりました。安全・安心な東京大会を成功させ、その成果を都市のレガシーとして成熟都市・東京の発展に生かしてまいりたい」などとするコメントを発表しました。