ピクトグラム “中の人” が語ったこと 五輪 開会式

ピクトグラム “中の人” が語ったこと 五輪 開会式
国内外で大きな話題を呼んだ、東京オリンピック開会式の「ピクトグラム50個の連続パフォーマンス」。謎に包まれたピクトグラムの正体は、世界的に活躍するパントマイムアーティストら3人です。インタビューで語ったのは、パフォーマーとしての意地。そして、画面を通して見ただけではわからない、意外な事実の数々でした。

(ネットワーク報道部記者 田隈佑紀)

ピクトグラム 世界で反響

コロナ禍で、一時は開催そのものを危ぶむ声が広がった東京オリンピック。

開会式は感染の再拡大を受けて無観客で行われるなど異例ずくめのなか、国内だけでなく世界各地で絶賛する声がSNS上で相次いだのが、“動くピクトグラム”のパフォーマンスでした。

「最高に笑いました」(日本)

「あえてアナログでやるのが粋」(日本)

「五輪版の仮装大賞」(中国)

「家族全員が腹がよじれるほど笑った」(オーストラリア)

「オリンピックの歴史の中で、最もクリエイティブでおもしろいコンセプトの1つ。日本に拍手を!」(インドネシア)

ピクトグラムの正体

開会式から4日後の先月27日。

演出を務めながら自身もパフォーマンスにあたった35か国以上で活躍する世界的なパントマイムパフォーマー「が~まるちょば」のHIRO-PONさんと、一緒に舞台に立った“弟子”の「GABEZ」の2人がインタビューに応じました。
Q.開会式で3人はどんな役割だったんでしょうか?
A.(HIRO-PONさん)
「世間的には誤解されているところもあるようですが、一番最初に『陸上』のポーズをとった青いピクトグラムは僕じゃないんですね。メインのピクトグラムは『GABEZ』のMASA、後ろで手伝っていた白いピクトグラムが『GABEZ』のhitoshi。テレビの向こうにはあまり伝わらなかったけど、実はカメラマンをしていたのが僕だったんです」
「本当は僕は演出側にまわって出演するつもりはなかったんですが、中には3人いないとできないものもあって、必要に応じて僕が入る構成にしました。舞台上はこの3人とスタッフが手伝って、合わせて5人でやっていたのが事実ですね」

必ずライブでやるべき

いつ頃オファーが入ったのか聞くと、ことし2月ごろだったと答えたHIRO-PONさん。

57年前の前回の東京五輪でピクトグラムが生まれ、今回、レガシーとして原点に戻ってきた東京五輪の開会式で演目のひとつにすることが決まり、その演出が託されました。

Q.オファーを受けてから完成形に持っていくまでどう制作を進めたのでしょうか?どんなことに苦労しましたか?
A.(HIRO-PONさん)
「オファーをいただいた時は、ただピクトグラムを表現してほしいという話で、じゃあ『どう楽しいコーナーにするか』と考えるところからスタートしました。一番最初に『50種目全部やる』と決めました。ただ、与えられた時間はわずか4分。50種目をやると、1種目あたり4秒ぐらいで表現しなければならず、かなり難しかったですね。どうにかお願いして5分に増やしてもらいましたが、それでも時間はすごく短いので、本当に苦労したところではあります。かなり無謀な企画なんですよ。普通だったら許してくれないかもしれない」
A.(hitoshiさん)
「例えば、自転車競技の『BMXフリースタイル』は仮面をかぶせたうえで、道具を拾って、ひっくり返ったMASAを支える、という動きまでやらなければいけない。実はギリギリまでできませんでした」

A.(MASAさん)
「最初は笑ってしまうくらい時間内にできなかったんですよ。え、本当にやるの?できませんよって」

A.(HIRO-PONさん)
「やろうと思えば全部収録して見せる方法もあるんです。でも、ライブの方が絶対面白いという僕の提案を面白いと言ってくれた関係者にはすごく感謝していますし、ライブでやるべきだよという心意気を持って完成したものだったりします」

「やらない種目があるのはありえない」

Q.5分間という短い時間で、それでも50種目すべてを盛り込んだのはなぜですか?
A.(MASAさん)
「選手たちにとってはその競技が1つじゃないですか。だから責任を持たなきゃいけない。選手たちにどう見られるかというのは、すごくありました」

A.(HIRO-PONさん)
「会場でアスリートが見るのに、やらない種目があるなんて選択はなかったですね。選手の立場になれば『表現するのが難しい』という理由で競技が省かれるのはありえないと思いました」
どのような順番でどう動けば時間内に収まり、競技の躍動感とともにおもしろく表現できるか、試行錯誤を続けました。
A.(HIRO-PONさん)
「50のピクトグラムをよく見てみると、カテゴリーに分けることができました。例えば、上半身だけで表現できるもの、自転車とか道具を使うもの、ボールを持っているだけのもの、とか。このピクトグラムは重力に沿ってないから難しい。じゃあ寝てみるか。カメラ傾ければできるね、みたいに考えていきました」
小道具の位置、脱ぎ着しやすい衣装の改良に至るまで、まるでアスリートのようにコンマ数秒単位の時間を削る作業を繰り返し、構成を固めるまで3か月ほどかかったといいます。

アナログが人の心を動かす

Q.試行錯誤を重ねたうえで、なかでも伝えたかったこと、こだわった演出は?
A.(HIRO-PONさん)
「技術的にはピクトグラムがまるで生きているかのように映像で見せることは可能で、そうした演出方法もあったはずなんです。ピクトグラムの本来の目的は、何の競技を表すか伝わればいい。でも、2次元の感情を持たないピクトグラムをあえて人が演じて3次元にするんだから、感情を表現できたらいいなと思いました。人間が2人いたら、ことばがなくてもそこには感情があって、心の流れ、妥協や愛情があるはずなので、そこから生まれるドラマが表現できるとおもしろいなと思いました」
「僕はアナログこそが人の心を動かすんだろうなと思っています。パントマイムは、ことばを使わないですから、僕らの仕事は自分が心を動かすことで、見ている人の心を動かしてもらう。人の肉体を駆使したパフォーマンスを目の前で見てもらうアナログ感が、人の心を動かすには必要で、最高のものなんだろうと思っています」

感染できないプレッシャー

Q.緊急事態宣言下で、パフォーマンスの難しさを感じたことはありましたか?
A.(HIRO-PONさん)
「予定していた練習が緊急事態宣言でできなくなって、練習時間との戦いもありました。感染対策のために練習はかなり不定期で、集まって練習できない時は、アイデアを考える時間に充てました」

A.(MASAさん)
「オリンピックが本当にやるかわからないという空気感も世の中にはあったのでその可能性は頭の片隅に置きながらも、始めたのは体力作りです。コロナにかかっちゃいけない、体調悪くしちゃいけない、自己管理の戦いもすごくありました」。

無観客でも 選手の士気が高まるように

Q.開会式は感染の再拡大を受けて無観客で行われました。どう受け止めましたか?
A.(HIRO-PONさん)
「オファーをいただいた当初は、有観客か無観客なのかは全然決まっていなかったです。だから、その場にお客さんがいることを前提に作った作品ではあるんですね。開会式の後、テレビの向こう側での評判がよかったと聞きましたが実は会場で、その場で見た方が楽しめる構成です。テレビには映ってないですが、僕たちが舞台上で一生懸命セットチェンジをしてあたふたしている姿を見せたりその忙しさも、演出でした。でも最終的には無観客になってしまった。開会式の2週間くらい前に、無観客だとわかりました。ただ、無観客が決まっても演出を変更しませんでした。会場には世界各国から来た選手たちがいます。選手たちが盛り上がって、競技に向けて士気が高まるような、パフォーマンスをしたいと思っていました」

心を動かして 希望につなげたい

Q.今回の大会をめぐっては、開催をめぐって賛否の議論もありました。開会式の直前になって演出や作曲の担当者が解任や辞任に追い込まれる事態にもなりました。どんな心境で、開会式の舞台に立ったのでしょうか。
A.(HIRO-PONさん)
「僕のできることはパフォーマンスしかないし、やらないという選択肢はなかったです。それぞれ与えられた仕事をやるのが僕らの“生きる”ということだから。誰かのために自分ができることを考えて一生懸命生きることが、誰かのためにつながっていくんだろうなと考えているので。もちろん、新型コロナウイルスで苦しんでいる人や亡くなられた人がいるから、やっぱりそういった人たちのことも考えなければいけない。オリンピックに賛成する人も反対する人もいてもちろん受け入れるし、いろいろな意見があるのは理解できます。でも、間違いないのは、僕は開会式に出て、あの場にいて感動しました。少なくとも僕にとっては意味のあるものだったと思う」
「今の世の中、情勢として暗いこともあるかもしれないし、先行きが見えなくて苦しいかもしれないけど、自分で自分の気持ちを動かすことで先が変わっていくことが絶対にあるので。どんな人も気持ちを動かしてもらって楽しくなって、人生が豊かになってくれたらものすごくいいなと思います。エンターテインメントに携わる人間としては、これ以上の喜びはないんじゃないかなと思いますね」