オリンピック 馬術 戸本一真が4位 個人種目入賞は89年ぶり

東京オリンピック、馬術の総合馬術でオリンピック初出場の戸本一真選手が4位に入賞しました。日本の選手が馬術の個人種目で入賞したのは、1932年のロサンゼルス大会で金メダルを獲得した西竹一選手以来、89年ぶりです。

総合馬術は、馬場馬術、クロスカントリー、それに障害馬術の3種目の総合力を競うもので、減点の少なさで順位を競います。
2日は、最後の種目の障害馬術が東京 世田谷区の馬事公苑で行われました。

2種目めのクロスカントリーを終えて5位につけていた戸本選手は、2日行われた障害馬術の予選で、障害物を1つ落として4点を減点され7位に後退しました。
それでも上位25人で行われた決勝では規定時間を超過したわずかな減点はあったものの、すべての障害物をミスなく飛び越える騎乗を見せて31.9の減点で、4位入賞を果たしました。

日本の選手が馬術で入賞を果たしたのは、総合馬術団体で6位に入った1996年のアトランタ大会以来で、個人種目での入賞は1932年のロサンゼルス大会で金メダルを獲得した西竹一選手以来、89年ぶりです。

このほかの日本勢は、田中利幸選手が障害馬術の決勝に進めず34位、大岩義明選手は、クロスカントリーで落馬し失権となりました。

金メダルを獲得したのはドイツのユリア・クライエフスキー選手、銀メダルはイギリスのトム・マクイーウェン選手、銅メダルはオーストラリアのアンドリュー・ホイ選手でした。

戸本「僕の仕事 馬の仕事 それぞれができた」

総合馬術で4位に入賞した戸本一真選手は「僕の仕事、馬の仕事、それぞれができた。『彼』に感謝している」と騎乗した馬を彼と表現して振り返りました。

障害馬術の2回目ですべての障害物を成功したことについては「1回目から何も修正しなかったのがよかった。やることは明確だったので、もう1回同じことをやるようにした」と話していました。

そして、4位入賞の個人成績については「チームで狙っていたメダルが取れなかった悔しさのほうが大きい」と、目標の団体メダルを逃した悔しさをあらわにしていました。

田中「やりきった達成感ある」

総合馬術で予選敗退した田中利幸選手は「やりきった達成感がある。日本でのオリンピックへの出場は一生ないと思うので、その舞台に自分がいるのは誇りです」と充実した表情で話していました。

そのうえで「日本開催のためインターネットでの中継をきっかけに、多くの人が競技を見てくれたことは馬術の今後の発展につながる」と話していました。

北島「感情がミックスしていて言い表せない」

リザーブとして出場した総合馬術の北島隆三選手は「いつでも行ける準備はしていた。自分の役割を全うできた」と振り返りました。

そのうえで「特別な気持ちで臨んだ。今までいろいろなことがあり、感情がミックスしていて言い表せない。これまで支えてくれたたくさんの人に感謝したい」と晴れやかな表情で話していました。

最後まで「チームのために」

戸本一真選手は、岐阜県出身の38歳で、オリンピックは初めての出場でした。8歳のときに初めて馬に乗り、高校から本格的に競技を始め、その後、JRA=日本中央競馬会に所属し調教拠点のトレーニングセンターや、競馬学校での勤務経験があります。

2016年には東京オリンピック出場を目指し、拠点をイギリスに移した戸本選手。2018年にアメリカで行われた世界選手権では、団体のメンバーとして4位の成績を残し、今大会では団体でのメダルを目標に掲げて臨みました。

今大会のモットーは「チームのために」。

戸本選手は最初に行われた「馬場馬術」では全体の7位と好位置につけました。そして、1日の「クロスカントリー」では制限時間内でのゴールはならなかったものの、減点を最小限に抑える走りで順位を5位に上げ、ゴール直後には「チームを鼓舞した」と力強いガッツポーズを見せて、あとに出場する2人を勢いづけました。

しかし、オリンピックに4回連続出場のエース、大岩義明選手が落馬により失権し、団体でのメダルの可能性はほぼなくなりました。それでも、戸本選手は個人種目でメダルに手が届く順位で得意とする2日の「障害馬術」を迎えました。

「障害馬術」では1回目で「馬がリラックスしすぎた」と、障害物を一つ落とすミスをしたものの上位25人で争う決勝に7位で進出。
「馬が集中していてやることは明確だった」と、あえて1回目から修正は行わずに臨んだ2回目では障害物を一つも落とさない走りを見せ、4位に入賞しました。

入賞を果たしたものの、「チームでねらっていたメダルが取れなかった悔しさのほうが大きい」と話した戸本選手。
最後まで「チームのために」のモットーを貫いたオリンピックでした。