オリンピック 競泳女子400m個人メドレー 大橋悠依が金メダル

東京オリンピック、競泳の女子400メートル個人メドレーの決勝で、日本女子のエース、大橋悠依選手が4分32秒08でフィニッシュし、金メダルを獲得しました。

大橋選手は、おととしの世界選手権の400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得している日本の女子のエースです。

25日の決勝では、最初のバタフライから得意の背泳ぎに3番手で入るとここで勢いに乗りました。

続く、平泳ぎでトップをキープした大橋選手は、最後の自由形でも粘りを見せて、4分32秒08でフィニッシュし、金メダルを獲得しました。


オリンピックのこの種目での日本選手の金メダル獲得は初めてです。

女子400メートル個人メドレーは、銀メダルはアメリカのエマ・ワイヤント選手、銅メダルはアメリカのハリ・フリッキンガー選手でした。

大橋「自分を信じて泳いだ」

大橋選手は「まだ夢みたいですが泳いでいて楽しかった」と喜びをかみしめていました。大橋選手はレース直後のインタビューで「不安もあったが自分のレースをしようと自分を信じて泳いだ。金メダルをとれるとは思っていなかった」と興奮を抑えきれない様子でした。そして、「いろいろなことがあったが、チャレンジさせてもらえて支えて下さった方々に感謝している。チームの応援で力が出せました」と話していました。

会見でも「正直まだ信じられない」

大橋悠依選手は金メダル獲得からおよそ1時間半後に行われた会見で「自分がオリンピックチャンピオンになったんだとうれしさがある一方、正直まだ信じられない気持ちがいっぱいです」と興奮さめやらぬ様子でした。

決勝のレースについては「最初の200メートルは、はやく入ろうと思ってもエネルギーを使うだけだと思い、落ち着いて入りました。きのうから平泳ぎはいい泳ぎができていたので、背泳ぎでターンしたところからが勝負でギアを切り替えていくと決めていました。思ったとおりのレースでした」と振り返っていました。

そして「リオ大会のあと、自分がこの種目を引っ張っていくという気持ちが大きくなり、実際に引っ張ってきたという自信もあります。400メートル個人メドレーはやめておいたほうがいいかと思ったときもありましたが、5年泳いできた経験がすべて生きたレースだったと思います」と力強く答えていました。

諦めず耐え抜き泳ぎ続けた25歳 初の五輪で金メダル

初めてのオリンピックで望んだ結果を手にした大橋選手。
調子の浮き沈みで心が折れそうになりながらも耐え抜いた末に勝ち取った金メダルです。

故郷の滋賀で過ごした高校時代に出場した全国高校総体でその才能を日本代表の平井伯昌ヘッドコーチに見いだされ、大橋選手は大学入学とともに上京しました。
しかし、大学1年でひざの大けが、重度の貧血にも悩まされ2年生の時に出場した2015年の日本選手権では出場選手中、最下位という結果も経験しました。
「勉強して公務員を目指し、滋賀に帰ることも考えた」という大橋選手。
一方で平井コーチは「才能はあるけれども線が細い。時間がかかるのは最初からわかっていたので、近道をする必要はない」とじっくりと成長を見守ってきました。

その才能の芽が開花の兆しを見せたのは大学4年生になった2017年のことでした。
日本選手権の女子400メートル個人メドレーでそれまでの日本記録を3秒以上更新して初優勝。
初めて日本代表に選ばれたその年の世界選手権では200メートル個人メドレーで銀メダルを獲得し、一気に注目を集める存在になりました。

ただ、その後の成長曲線は右肩上がりではありませんでした。
好不調の波に苦しみおととしの世界選手権の前には自分自身の泳ぎを見失い、「泳ぎたくなかったし、誰も知らないところに行きたかった」という所まで自分を追い込むこともありました。
それでも、プールにとどまった大橋選手はチームメートの萩野公介選手とほぼ同じメニューをこなすなど長い手足を生かした水の抵抗の少ない伸びやかな泳ぎに磨きをかけてきました。
去年3月、調子が悪いと感じていたにも関わらず、練習で想像以上のタイムをマークしたとき「迷いながらも泳ぎ続けたことは無駄じゃなかったんだ」と気づいたといいます。
去年からことしにかけて再び調子が上がらない時期もありましたが、「どういう状況であれ、泳ぐしかない」とこれまでの積み重ねを信じて臨んだ決勝のレース、諦めずに泳ぎ続けた25歳が大輪の花を咲かせました。

平井監督「すごく嬉しいし、誇りに思う」

大橋選手を大学時代から指導してきた競泳日本代表の平井伯昌監督は「金メダルを取った姿を見て、彼女の面倒を見ることになったときに、『社会人になってから本格的に伸びてくると思う』という話しをしたことが走馬灯のように思い出された。繊細な選手で、1人で抱えてしまうこともたくさんあった。ここまでいろんなことがあったが、頑張ってくれた。すごく嬉しいし、誇りに思う」と話していました。

高校まで指導のコーチ「最後は勝とうという気持ち出ていた」

大橋選手を小学3年生から高校生までコーチとして10年間指導した奥谷直史さんが所長をつとめる大津市のスイミングスクールでは、25日午前、奥谷さんや地元の子どもたちおよそ40人がテレビで決勝を観戦しました。

集まった人たちは手作りのボードやうちわを使って応援し、大橋選手の金メダルが決まると大きな拍手が会場からわきおこりました。
奥谷さんは「厳しい戦いになると思っていたが、やってくれて本当によかった。最後は勝とうという気持ちがクロールに出ていた。笑顔で戻ってきてくれるのを願っているので、あすの200メートル個人メドレーも気持ちよく泳いでほしい」と話していました。

また、大橋選手が高校生のときに練習していた彦根市のスイミングスクールに同じ頃に通っていたという、高校3年生の女子生徒は「ゆいちゃんの持ち味の大きな泳ぎを近くで見てきたのですが、オリンピックの舞台でも持ち味を発揮してくれてうれしい」と話していました。

滋賀出身 関西で号外

大橋選手が金メダルを獲得したことを受けて、大阪 阿倍野区にある近鉄の大阪阿部野橋駅では、新聞社の号外が配られました。

東大阪市に住む40代の女性は「うれしいです。オリンピックが始まる前は暗い話もありましたが、これでようやくオリンピックが始まったという明るい気持ちになります」と話していました。

大橋選手と同い年だという兵庫県川西市に住む25歳の男性は「同い年が活躍して誇らしいです。これからも同じ世代が活躍するのをテレビで応援したいです」と話していました。