「キングオブ銭湯」92年の歴史に幕 東京 足立区

江戸時代に宿場町として栄えた東京の下町、足立区千住。この地に「キングオブ銭湯」の愛称で親しまれた昭和4年創業の銭湯があります。「宮造り」と呼ばれる重厚な建物は東京の銭湯文化を象徴する存在でしたが、老朽化が進んだことなどから先月30日、92年の歴史に幕を下ろしました。

足立区千住寿町にある「大黒湯」は昭和4年の創業で、神社のような重厚な外観が特徴です。

大正12年に起きた関東大震災の後、東京の銭湯は復興への願いを込めて「宮造り」と呼ばれる神社や寺に似た建築が主流となりました。

専門家によりますと、震災の6年後に創業した大黒湯は、その中でも宮大工の高い技術が生かされたとりわけ豪華な建築として知られていたということです。

かつては風呂のない長屋や工場が多かった千住。

連日、多くの住民や労働者でにぎわい、ピークだった昭和30年代には1日1000人以上が訪れていたといいます。
そして昭和から平成、令和と時代が移り変わっても創業当時のたたずまいを守り続け、東京の銭湯文化を象徴する存在に。

その堂々とした外観から、専門家やファンの間では「キングオブ銭湯」の愛称で親しまれていました。

一方、家庭用の風呂の普及にともなって客足は減り続け、最近は新型コロナウイルスの影響もあって1日100人余りにまで落ち込んでいたということです。

6代目の店主、清水勇喜子さん(75)は、それでも通い続けてくれる常連客のためにと営業を続けてきましたが、6月いっぱいで92年の歴史に幕を下ろすことを決めました。

建物の老朽化が進んで毎年数百万円の修繕費がかかるうえ、感染拡大の影響で長年勤めてきた高齢の従業員が辞めたことなどが理由だとしています。

営業を終えるという情報は常連客を通じてすぐに地域に広まり、ここ数日は最後の姿を目に焼き付けようと多くの人たちが大黒湯に足を運びました。
天井の高さがおよそ10メートルあるという広々とした浴室で、訪れた人たちは日頃の疲れを癒やしながら思い思いのひとときを過ごしていました。

常連客の65歳の男性は「1歳の時から大黒湯に通っていたし、90歳になる母親も今でも週に1、2回は訪れていました。生活の一部になっていたので、なくなってしまうのは本当に寂しいです」と話していました。

また、「キングオブ銭湯」の名付け親である日本銭湯文化協会の理事、町田忍さんも駆けつけ、「宮造りの銭湯の頂点であり、800年にわたる銭湯の長い歴史の中でも最も庶民に広がった楽しい時代を代表する銭湯でした。大事なシンボルを失ったという気持ちです」と閉店を惜しんでいました。

そして最終日の先月30日、大黒湯はいつもより1時間ほど遅い午前0時前まで営業し、その歴史に静かに幕を下ろしました。

店主の清水さんは「お客様には申し訳なく思っていますが、最近は職人さんが入らない月がないくらい、修繕を繰り返しながらなんとかやってきました。建物自体も私の体も傷んできているし、時代の流れだと思います。これまで一生懸命働いてきたので、『昔こんな銭湯があった』と思い出してくれたらうれしいです」と話していました。

大黒湯の建物について、地元の住民やファンからは保存を求める声が上がっていますが、多額の費用がかかることから区で保存するのは難しいとしていて、今後の活用法などは決まっていないということです。