ノーベル化学賞 根岸英一さん死去 悼む声相次ぐ

有機化合物どうしを結びつける新しい化学合成の手法を発見して11年前にノーベル化学賞を受賞した根岸英一さんが亡くなったことを受け、ふるさとの神奈川県大和市では、根岸さんを惜しむ声が聞かれました。

小学6年生から大学卒業まで大和市で過ごした根岸さんには名誉市民の称号が贈られているほか、地元の小田急江ノ島線南林間駅前の道路は「やまと根岸通り」と名付けられています。

根岸さんが亡くなったことを受け、地元からは惜しむ声が聞かれました。

通りの名付けに関わった地元の街づくり協議会の元会長の田丸旭さん(92)は「こんな小さな町からノーベル賞を受賞する人が出たことは地域の誇りだったので、お悔やみを申し上げたい」と話していました。

また、大和中学校と神奈川県立湘南高校で同級生だった石川公弘さん(87)は「中学生のときに一緒にキャッチボールをしたり、1本のさつまいもを分け合ったりしたことを思い出した。彼が私たちの人生の中にいてくれたことは涙が出るほどうれしいことで、今は悲しみと誇りが同時に訪れている」と思いを語りました。

ともにノーベル賞受賞 鈴木章さん「とてもさみしい」

根岸さんが亡くなったことについてともにノーベル化学賞を受賞した北海道大学名誉教授の鈴木章さんは「根岸さんとは、50年来の友人でお互いの研究についてもよく語り合いました。最近メールを出しましたが、返事がなくどうしたのかなと心配していました。訃報を聞いて非常に驚きましたし、とてもさみしいです」と話していました。

かつての勤務先は 帝人社長「生前の功績は言い尽くせない」

かつての勤務先、大手繊維メーカーの帝人は、「深く哀悼の意を表します」とのコメントを発表しました。

根岸さんは、東京大学工学部を卒業後、1958年から11年間、帝人の研究所などで勤務し、その後、アメリカへと渡ってパデュー大学の教授などを歴任しました。

ノーベル化学賞を受賞した後の2011年からは、帝人の名誉フェローに就任し、後進の助言や指導などにもあたりました。

根岸さんが亡くなったことについて、帝人の鈴木純社長は、「ご逝去の報に接し、深く哀悼の意を表します。会社の名誉フェローとして、研究開発力、技術開発力の向上に大いにご尽力いただきました。パデュー大学の研究室に研究者を派遣し、リアルな研究現場で薫陶を受ける機会も得ました。会社や社会に対する生前の功績は言い尽くせるものではなく、学術界および産業界への多大なる貢献に感謝の意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます」とするコメントを発表しました。