桜の形に凝縮された職人たちの匠の技

桜の形に凝縮された職人たちの匠の技
全国でつながれている東京オリンピックの聖火。ランナーが手に持っている、聖火がともったトーチをよく見ると、複雑な形をしていると感じる人も多いと思います。トーチは、上から見ると、日本を代表する花、桜の花びらの形をしています。この美しい形を作った人たち、どんな人なのか、訪ねてみました。(前橋放送局記者 千明英樹)

小さな“町工場”

トーチの制作には、さまざまな企業が携わっていますが、群馬県太田市にある従業員わずか6人の工場も、その1つです。

群馬県東部は、自動車産業が盛んな地域で、この工場では自動車部品の検査用の型などを作っています。この小さな町工場が1万本のトーチのうち、およそ3000本を手がけました。

こだわりの“0.1ミリ”

この工場で金型を作り続けて40年になる石田保さん(63)は、きれいな桜の花びらの形を作る上で欠かせない工程を任されました。
石田保さん
「いつも100分の1ミリとか、100分の2ミリをいつも目指しています。花びらの形も中心がずれると、多少ゆがんで見えます。わずかなもんですけど」
石田さんの仕事は、別の会社の工場で作られた長さ70センチほどの棒状のトーチのゆがみを見つけることです。色づけ前の棒状のトーチは、両端の断面が桜の形になっている、トーチの原形のようなものです。
ゆがみを見つけるため、石田さんが作ったのが、桜の形をした3つの型です。

見た目ではわかりませんが、外周が0.1ミリずつ違います。熟練の技術で、専用のやすりを使って削ったといいます。そこに棒状のトーチをはめ込み、寸分のくるいもないか、見極めました。
左側の写真は、型を通らないもの。わずかなゆがみがあるからです。
右側は、型に隙間なくはまっています。この型を通れば、ゆがみがなく、規定のサイズになっていることが確認できます。

ゆがみが見つかった場合は、次の工程には進めません。立体感のあるきれいな花びらの形に仕上げるには、この工程が欠かせないといいます。

「納得のいかないものは作らない」

この3つの型には石田さんの“職人魂”がこもっています。
石田保さん
「恥ずかしくないものを作ろうという意気込みがありました。このトーチを見てもらって本当によくできているなって思ってもらえればうれしい」

追求した“繊細な曲線”

トーチの美しい曲線を形づくるのは、同じ工場に勤務する金属加工30年の石田安男さん(60)に任されました。

その曲線には、職人としての経験とデジタル技術が駆使されていました。
石田安男さん
「昔は“のみ”“かんな”いろいろな道具を使って手作業で作り上げてきたものは画面上で作り込むという形に変わっていきました。ノウハウを持っていないと手のつけようがありません」
石田さんを悩ませたのが、子どもやお年寄りでも、トーチを片手で持てるように、重さ1.2キロと軽量化された点でした。

そのため、アルミ製で、厚さは1ミリ。加工する際には、わずかな力を加えるだけで、ゆがんでしまう可能性がありました。
まず取り組んだのは、長年の経験を生かし、トーチのサイズや曲線、それに削っていく角度を、コンピューターで数値化することでした。
次は、数値化したデータを基に、トーチの先端部の花びらや手に持つ部分などを機械で削り出す作業です。

石田さんは、通常のアルミ加工より1回多い、3回にわけ、徐々に削る方法を考案しました。これによって、削る際にトーチにかかる力を軽減でき、きれいな形のトーチを作り上げることに成功しました。

石田さんは、2年がかりで、この仕事を成し遂げました。
石田安男さん
「ソフト上でシミュレーションしたデータと実際に加工する品物はイコールにするっていうことがいちばん難しかったですね。やるからには少しでもいいものを納めさせてもらうというのが、職人のプライドです」

見逃さない“プロの目”

次に運ばれたのは、隣の群馬県伊勢崎市にあるアルミ製部品の工場でした。
ここでの技は“プロの目”でした。
入社7年目、若くして検査部門のリーダーを務める川村まゆみさん(38)です。ふだんは、製品をこん包しながら傷がないか、チェック作業を行っています。

川村さんは、完成した1万本のトーチのほとんどを、チェックしました。1本1本、形状にわずかなゆがみはないか、サンプルと見比べながら、色合いに違いはないか、細かな傷がないか、11項目に及ぶチェック作業を1人で行いました。

ランナーがけがをしないよう、鋭利な部分がないかの確認も苦労したといいます。

「1人が担当したほうが、品質を安定させることができる」

1日8時間の勤務時間、およそ1年を費やしました。
川村まゆみさん
「見逃して傷があるものを届けてしまったら嫌ですし、やっぱり届けた物は喜んで使ってもらいたい。トーチの制作は、プロの方がつないできたもの。すごい責任を感じましたよね。トーチを持ってうれしそうに走ってくれたらうれしいです」

これぞ職人リレー

トーチの制作の裏にあった匠の技のリレー。職人の思いが詰まったトーチで全国のランナーがきょうも聖火をつないでいます。

トーチの完成には、私が取材した2つの工場のほかにも、さまざまな企業も携わっていて、それぞれの得意技術が凝縮されたものになっています。

テレビドラマにもなっている池井戸潤さんの小説「下町ロケット」では、町工場の従業員たちがロケット作りに挑む物語で人気を集めました。トーチづくりは、それぞれの町工場や企業がスクラムを組んで挑んだノンフィクションの物語でした。

これぞ「聖火リレー」ならぬ、「職人リレー」。世界に誇る日本の技術力、改めて感じさせられました。
前橋放送局記者
千明 英樹
平成24年入局
群馬県出身で高校時代はフェンシング部。オリンピック出場を目指し練習に励んだことも