“教師のバトン” 想定超える悲痛な声

文部科学省が教員を目指す若者たちに仕事の魅力を伝えるため、教員たちにSNSでの発信を呼びかけた「#教師のバトン」プロジェクトをめぐって、当初の想定を超えて過酷な勤務環境を訴える声が相次ぐ中、担当者が8日、改めて取り組みの趣旨を説明しました。

プロジェクトは、教員の志望者が減る中、文部科学省が先月下旬に始めたもので、現場の教員に対し、ツイッターなどのSNS上で「#教師のバトン」とつけて、働き方改革の好事例や仕事の魅力などの投稿を呼びかけていました。

投稿しやすいよう校長などの許可も必要ないとしましたが、寄せられた声は、長時間労働や部活動の負担を挙げ「夢を叶えて教員になったけど10年もたなかった」とか「とてもじゃないが若者にバトンを渡せない」などと、当初の想定を超えて窮状を訴える内容が相次ぎ、文部科学省は8日に改めてメディア向けの説明会を開きました。

プロジェクトを統括する義本博司総合教育政策局長は「国としても現場から直接声を受け止める初めての試みで、厳しい勤務実態を訴える投稿が多く寄せられた。社会から注目を集めたことを前向きに捉えつつ、教師の声を集積する役割を果たしていると思うので、この声を推進力に、迅速に具体的に勤務環境の改善を進めたい」と話しました。

文部科学省は、各地で取り組める働き方改革の事例の発信や、教員不足の実態を調査するなどして、引き続き働き方改革を進めるとしています。

“教員の仕事の魅力”あふれるはずが…SNS上には

文部科学省が、教員の仕事の魅力を現場から発信してほしいと呼びかけた「#教師のバトン」プロジェクトをめぐっては、SNS上で教員や経験者とみられる人から「現状では若い人にバトンを渡せない」という悲痛な声が相次いでいます。

このうちツイッターには現職の教員とみられる人から、長時間労働や休憩がとれない忙しさ、部活動の負担など厳しい現状を伝える声が多く見られ「今の悲惨な労働環境のまま、次の世代につなげていいと本当にお思いですか?」とか「とてもじゃないが、若者にバトン渡せない」などと、プロジェクトが呼びかけた発信とは逆の思いを訴える投稿が多く見られました。
投稿の中には「志望者が減ったり、過労死が出るような現状を作り出したのは間違いなく文科省です」と文部科学省のこれまでの対応を批判しつつも「この状況をトップダウンで改善できるのも、文科省です。言葉ではなく、どうか行動で示していただきたい。我々が働きやすくなることは、ダイレクトに子どもたちに質の良い教育として還っていきます。後方支援をお願いします」と、今回の取り組みを機に、国に協力を呼びかける声もありました。

また「これらをしたらバトンが渡ると思いますよ」としたうえで、部活動の外部委託や、残業代の支払い、教員の増員、エアコンやトイレ掃除を業者に委託するなど、それぞれが考える具体的な改善策をあげる書き込みもありました。

一方、教員を退職したという人からは「子どもの頃からの夢を叶えて教員になったけど、10年もたなかった。だけど辞めたことを1ミリも後悔してない」としたうえで「どうか、現場で頑張り続けておられる教員の方々を取り巻く状況が改善されますように。きちんと休めますように。普通に食事を摂れますように。家族や恋人、友人と過ごせますように」と願う書き込みもありました。

この春 退職した20代の元教員は

「#教師のバトン」とつけた投稿の中には、教員になり一生忘れられない感動もあったとしつつ、休みなく働く長時間労働に苦しみ、この春、退職を決めた元教員の声もありました。
今回、SNSで投稿した20代の元教員の女性は「残業100時間超えたり、100連勤したり、働き方についていけないと言われて婚約破棄したり、適応障害になって休職したり、色々ありましたが、教員になったことは後悔してません。合唱コン、卒業式の感動は一生忘れません」と記していました。

女性に取材したところ、大学卒業と同時に首都圏の中学校の教員になり、担任としてクラスも受け持ちましたが、この春、退職したということです。

女性は、文部科学省が企画した「#教師のバトン」のハッシュタグを目にして、国や世間の人たちに教員の置かれた状況を知ってもらいたいと考えたといいます。

現状について「学習指導要領の大きな改訂などもあり、上から降りてくる変化もある一方で、働き方改革が進んでいないと感じていました」と話しています。

女性は、月の残業時間が100時間を超えることが頻繁にあったほか、連続して100日間勤務したこともあったと話し「部活動の朝練習で午前7時に出勤し、授業を終えたあとも、夕方の部活動が終わる午後6時まではテストの採点や保護者対応、それに翌日の授業準備などができず、どうしても超過勤務をせざるをえませんでした。土日も部活動や大会で出勤し、残業しないと授業が回らない状況でした」と、長時間勤務の実態を明かしました。

さらに、この1年は新型コロナウイルスの対応に追われ、消毒作業が増えたり、子どもたちの活躍を動画で残すための編集作業が必要になったりしたほか、感染不安で自主休校した生徒への個別対応も求められ、精神的に追い込まれ、1か月休職したといいます。
女性は「毎年必ず精神的なことで休職する人がいて、私が休職したときは、ほかにも2人が休んでいました。ちゃんと寝て、ちゃんと食べる生活が送れず、一生は続けられないと退職を決めました」と話しました。

そのうえで「子どもたちは、しっかり向き合えば応えてくれ、すごくやりがいと達成感はあったのですが、結局一人一人が無理をして、ギリギリのところで学校が成り立っているのが現状なので、本当に改革、改善を進めてほしい」と訴えていました。

国に改善を求める声も

「#教師のバトン」とつけた投稿の中には「労働環境の改善こそが、これからの先生たちに届けたい本当のバトンです」と、国に改善を求める声もありました。

投稿したのは、九州地方の公立小学校で働く20代の女性教員で、激務が続いたことから去年、体調を崩し休職しています。

勤務は、朝7時半すぎには学校に来て、連絡帳や宿題のチェックをすることから始まり、子どもたちが下校する午後4時まで休憩もできず、その後、職員会議や保護者への連絡、掲示物の貼り替えなどをこなし、午後7時をすぎないと帰宅できませんでした。

女性は、大事な授業の準備がいちばん最後になってしまったことがつらかったと話し、帰宅後の寝る前や、週末に1週間分の準備をしていましたが「授業がしたくて教員になったのに、それが十分できないことが子どもたちに申し訳ない」と話していました。

女性は、この生活を4年ほど続けていましたが、去年、夜眠れず、涙がとまらないという症状のほか、死にたいと思うようになり、診察を受けたところ適応障害と診断され休職しています。

女性は「#教師のバトン」について「文部科学省に直接声を届けられる場を提供してもらった」と話し、教員になりたいという教え子のために「このままの労働環境を次世代に受け継ぐ方がハイリスクです。おかしい働き方を変えるのが、今の若い教員の使命だと考えます。国にいま伝えます」と投稿し、国に改善を求めています。

教員の働き方 「過労死ライン」超のおそれなど深刻な問題も

教員の働き方をめぐっては、長時間労働や精神的な負担などが深刻な問題となってきました。

文部科学省が2016年に行った、教員の働き方に関する調査では、1週間の時間外労働が20時間を超えた教員は、
▽小学校では3割余り、
▽中学校では6割に上ったほか、
▽小中学校ともに管理職の副校長や教頭も6割ほどとなりました。

このまま1か月働き続けると、ひと月の時間外労働時間が「過労死ライン」とされる80時間を超えるおそれがあると試算されています。

一方で、新たな業務は増加していて、小学校で英語が教科となりプログラミングも必修化されたほか、小中学校に1人1台の端末が配備され、その活用も求められています。

新型コロナウイルスへの対応も負担となっていて、文部科学省が全国の教育委員会などに行った調査では、小中学校では、
▽「教員による清掃や消毒作業を行った」
▽「長期休暇を短縮した」という回答が、
いずれも9割に上ったということで、勤務時間の増加につながった可能性があるということです。

一方、長時間労働と併せて精神的な負担も指摘されていて、2019年度にうつ病などの精神的な病気で休職したり、有給などを使って1か月以上休んだりした教員は、公立の小中学校や高校、それに特別支援学校で合わせて9642人に上り、増加傾向にあります。

文部科学省では、
▽教員の残業時間の上限を月45時間とすることを教育委員会などに向けた「指針」の中で定めたほか、
▽休日の部活動を地域の活動とすることで、教員が携わらなくてもよくなる仕組みの整備を進めるなど、教員の負担軽減に取り組んでいますが、厳しい状況が続いています。

専門家「改善を求めるも逆に“魅力”求められ反発起きたか」

教員の働き方に詳しい名古屋大学大学院の内田良准教授は、学校現場の窮状を訴える投稿が相次いだことについて「これまでも教員は学校現場では苦しいと言えず、ツイッター上で職場環境の改善を求めて苦しさを打ち明けてきたが、それは、少しでも国に振り向いてほしいと願ってのことだったと思います。ところが今回、国からは逆に教員の魅力を発信することを求められ、反発が起きてしまったのではないか」と分析しました。

そのうえで「文部科学省がどこまで意図していたかはわからないが、結果的に、このハッシュタグを通じて教員の本当に悲痛な思いがあふれてきました。これは非常に大事なことで、現場の状況が把握できなくては改善もできないが、今回、教員たちは多くの問題点を提示してくれている。そもそも仕事量が多すぎるとかパワハラやマタハラが現場にあること、あるいは保護者からのプレッシャーも結構あると、次々と挙げています。当初の想定とは違うかもしれないが、文部科学省は見えてきた具体例に基づき、教員の長時間労働をどう解消していくか建設的に考えていくタイミングだと思います」と指摘し、可視化された悲痛な声を働き方の改善に生かすべきだとしています。