不思議の国の聖火リレー

不思議の国の聖火リレー
オリンピックの聖火は、時に「ワープ」し、「きょうだい」が大勢いる。
東京オリンピックの聖火リレースタートの地・福島でスポーツ取材を担当し、2年前から「復興五輪の聖火リレー」を追いかけてきた私は、恥ずかしながら、詳しく取材するまでこの事実を知らなかった。
「そもそも聖火って何だろう」。こんな疑問を感じ、それが日々深まっていった福島県での“最初の3日間”を振り返る。
(福島放送局記者 中村拓斗)

聖火に抱いていた幻想

「聖火はすべてランナーの手によって一筆書きでつながれる」。こう思っている人がおそらく大半だろう。

私も以前はそうだったが、おととし12月から去年2月にかけて発表された福島県でのルートと走行時間を見て、自分が勘違いしていたことに気付いた。

全国を4つのルートに分けて原則全ての行程を走ってトーチでつないだ前回の東京オリンピックの聖火リレーと違い、今回の聖火リレーは、各地を“飛び火”しながら巡る方式。

すべての行程をランナーが走ってリレーするわけではなく(もちろん動物やロボットによってでもなく)、自治体ごとにランナーがある程度の距離を走っては、聖火をランタンに移して車などで次の自治体に進む。
例えば、初日。

出発式典の会場となったJヴィレッジで第1走者の「なでしこジャパン」や被災地の高校生らがつないだ聖火は、スタートのわずか10分後、Jヴィレッジの会場を出るとすぐにランタンに移され、5分後の午前9時55分には、4.5kmほど離れた第2区間「楢葉町」の最初の走者のトーチにランタンから聖火がともされ、再び走り出す。

ランナーが走る距離は、5人合わせて1kmちょっと。13分で記念撮影スポットに到着し、ここで再びトーチからランタンに聖火を移して、7kmあまり離れた第3区間「広野町」のスタート地点に移動する計画だ。

聖火はいくつある?

続く第4区間では、不思議な出来事が予定されていた。

第3区間のゴール地点、JR広野駅に聖火が到着したわずか7分後に、直線でおよそ22km、高速道路を利用しても車で40分ほどかかる川内村で聖火リレーが始まることになっていたのだ。

「ん?聖火はあらかじめいくつかに分けられているのか?」

大会組織委員会に問い合わせると、「聖火はいくつかの予備のランタンに分けていて、複数存在しているが、数は公表していない」との答え。

その後の取材で、Jヴィレッジから楢葉町への引き継ぎの段階で、早くも聖火が「ワープ」していたことも判明。

「聖火は1つ」というのも単なる思い込みだったと気付かされた。

全国最難関のオペレーション

121日間で47都道府県を回り、およそ1万人のランナーが参加する今回の聖火リレー。

中でも、震災・原発事故の被災地やいまだに全ての住民が避難を余儀なくされている自治体など浜通りの10市町村を巡る初日の行程は、関係者をして「これを乗り切ればあとは問題ない」と言わしめるほどの難易度の高さだった。

原因の1つは、「色々てんこ盛り全部乗せ」のルート。

「復興した姿を世界に知ってほしい」
「地域を代表する景観や名所を織り込み、地元の魅力発信や観光PRにつなげたい」

そんな地元の願いを県が精いっぱい盛り込んだ結果、聖火リレーは「きょうだい」の力を借りて「ワープ」を駆使し、みんなの夢を乗せて複雑なルートを大移動することになった。
聖火ランナーを誘導する車列の長さは、1km弱にもなる。ルート図を見て「まるで巨大な蛇が福島をのたうち回っているようだ」と言った人がいたが、言い得て妙だ。

演出優先でまさかの走行順変更

こうしたギリギリの行程の裏に隠れていた今回の聖火リレーの性格が表面化したのが、2日目の第6区間「猪苗代町」。

浜通りから中通りを抜けて会津地方に入った聖火は、磐梯山のスキー場に運ばれ、地元出身のオリンピアン、遠藤尚さんがトーチを掲げてスキーでゲレンデを滑り降りた。

予定では、このあとゲレンデの下からさらに3人のランナーが聖火をつないで猪苗代町でのリレーを終え、ランタンを介して聖火が瞬間移動する「ワープ」を経て、9分後にはおよそ50km離れた三島町で次のランナーが走り始めることになっていた。
ランナーが向かうのは、只見川沿いの渓谷を見下ろす展望台。

鏡面のような穏やかな流れにかかる鉄道橋を一望できるこの場所は、絶景ローカル鉄道として知られるJR只見線の沿線でも1番絵になる「撮り鉄垂ぜんの絶景スポット」だ。

ランナーが走るのは、午後2時15分から10分間。

ゴール地点の展望台に到着した聖火ランナーの後ろを、1日6往復しかこの場所を通らないJR只見線の列車がゆっくり通過するよう計算されていた。

え!?そんなのあり!?

しかし、自然のいたずらがこの計画を狂わせた。

スキー場では、霧のため滑走開始が遅れ、強風でランタンに聖火を移すのに手間取ったことなどから、中継ポイントへの到着が10分から15分ほど遅延。

このままでは、列車の通過時間に間に合わない…。

大会組織委員会は、聖火ランナーと通りかかった列車が巡り会う演出を優先することを決定。

猪苗代町での聖火リレーをいったん止めて、後に控えていた3人のランナーを待たせたまま、先に第7区間「三島町」のランナーを走らせたのだ。
この突然の走行順変更によって、現場ではちょっとした混乱が生じた。

遠藤さんが次のランナーに聖火を引き継ごうとしたところ、大会組織委員会のスタッフが「いったん中断させてください」と述べて進行を止めたため、集まった報道陣は「何があったんですか。中断の理由を教えてください」などと再三質問した。

しかし、スタッフは「中断ではありません。停止です。お触れを出すまでお待ちください」と言うだけで理由を説明しようとしない。

いや、「中断させてくれ」と言ったのはあなたですよ。世界中にライブ配信されている映像に音声ばっちり入ってましたよ。しかも、「お触れ」って…。

「映え」を優先

スキーウエアに身を包んだ遠藤さんは手袋をしているけど、次のランナーの少年は素手で金属製のトーチを持ったまま。

さぞ寒かろうと心配していると、ライブ映像には展望台に駆け上がってくる聖火ランナーの姿が。
地元関係者が強く望んだという聖火と只見線の「奇跡の2ショット」の撮影が無事済んだところで、聖火は再びおよそ50kmの距離を「ワープ」。

猪苗代町の少年は、15分待たされた後、走り始めた。
このルート編成には無理があったのではないか。大会組織委員会に、なぜこのような判断をしたのか取材してみると…。
大会組織委員会 担当者
「鉄道橋を列車が通過する光景と聖火を一緒に写真や映像に収めたいと、かねてから地元が熱望していた。それを把握していたスタッフが現場で判断して柔軟に対応した結果達成できた事例で、問題はなかった」
福島県オリンピック・パラリンピック推進室の担当者は。
推進室 担当者
「これまでの大会の聖火リレーでも、急きょ走る順番を入れ替えたことがあったと聞いている。濃霧は想定外の出来事で、関係者と対応を協議していたら、列車の時間には間に合わなかったので、現場にいた大会組織委員会のスタッフのファインプレーだった。待たされたランナーから不満の声はなかった」

聖火は何のため、誰のため?

全国に先駆けて福島県で行われた東京オリンピックの聖火リレー。

「絶対火が消えない」はずのトーチの火が初日から立て続けに消え、ついにはランタンの火までも消え、そのたびにスタッフが「予備の聖火」を持って駆けつける光景を見るうちに、「今ランナーが掲げているこの聖火は何番目のきょうだいなんだろう」とか「この火はスタート時の聖火と同じと言えるのだろうか」という疑問が膨らんでいった。
新型コロナウイルスの感染が収まらず大会の開催に疑問の声が絶えない中で、「安全を最優先にする」として走り出したはずだが、沿道の観客には声を出して応援しないよう求める一方で、車列の先頭では大会スポンサーが車から音楽を流しながらグッズを配り、DJが「一緒に盛り上がりましょう」と呼びかけていた。
都市部の沿道は、誰の目にも、多くの観客が肩が触れあうほど混雑し、十分な間隔を空けず複数の列に重なっているように見える状態になっているのに、大会組織委員会も県も「密集ではない」「中断するほどではなかった」と口をそろえて言い、リレーは続行され、次の地域に引き継がれていった。

史上初の延期を挟み、ようやく迎えた聖火リレー本番。

被災地の記者として、このオリンピックが東北の被災地にどう役立つのか、「復興五輪」という言葉が大会誘致のための単なるお題目に終わっているのではないかという問題意識を持って臨んだが、聖火リレーとは、何のために行われる、誰のためのものなのか、そんなことばかり考えさせられた3日間だった。
福島放送局記者
中村拓斗
平成30年入局
スポーツや原発事故の
避難区域などを取材