国内最大規模のクラスター 埼玉の病院で何が 調査報告書

320人以上が感染し、45人が死亡するなど、国内最大規模のクラスターが発生した埼玉県戸田市の病院で何が起きていたのか。調査報告書を入手したところ、病院の職員が休憩室で会話しながら食事していたことや防護服を重ね着していたため着脱の際にウイルスが付着した表面に触れる機会が増えたことで、感染が広がった可能性が指摘されていることが関係者への取材で分かりました。

埼玉県戸田市の戸田中央総合病院では、去年11月に看護師の感染が判明したあと、感染が広がり、先月までに職員174人と患者150人の合わせて324人が感染、このうち45人が死亡し、国内最大規模のクラスターとなりました。

ことし1月、厚生労働省のクラスター対策班が派遣され、感染状況や原因などを調べ、報告書をまとめました。

NHKが入手した報告書によりますと、15ある病棟のうち、11の病棟に感染が広がり、感染した人の半数以上は職員でした。

感染した看護師は127人にのぼり、病院の看護師のおよそ4人に1人が感染したことになります。

感染拡大の原因については、休憩室で職員どうしが会話をしながら食事をしていたことや、更衣室でマスクを着用せずに会話していたこと、患者の中にマスクをつけるのが難しい人もいたことなどをあげています。

さらに、感染防止対策として看護師などが薄い防護服を重ね着していたケースもあり、着脱の際にウイルスが付着した表面に触れる機会が増えたことで、感染が広がった可能性が指摘されました。

また、感染が広がるにつれて誰が濃厚接触者なのか現場で把握できていないことや自宅待機となった職員の代わりに応援に入った職員に、十分な情報が伝えられていないなど、情報の周知の問題点も指摘されました。

戸田中央総合病院の原田容治院長は「大規模なクラスターが発生したことは真摯(しんし)に受け止めています。患者が急増し、受け入れ能力を超え、一般病棟でほかの患者と一緒に診なければならない状況が起きてしまいました。患者や亡くなった方に申し訳ない思いです」としています。

防護服の重ね着が感染拡大につながった可能性も

新型コロナウイルスの感染対策として、医療従事者などは、通常、動きやすい薄い防護服を着て患者の対応などに当たります。

厚生労働省のクラスター対策班がまとめた報告書によりますと、戸田中央総合病院では、感染防止を徹底するとして、防護服を重ね着していたケースがありましたが、かえって感染拡大につながった可能性が指摘されています。

病院によりますと、一部の病棟では、防護服を重ね着することで、より感染防止につながると現場の判断で行っていたということです。

なぜ、防護服の重ね着が感染拡大につながるのか。

さいたま市内の病院の担当者に実演を交えて説明してもらいました。

防護服の取り扱いで、最も注意が必要なのは、ウイルスが付着している可能性がある外側の表面に触れずに着脱することだといいます。

このため通常は、防護服の表面に触れるたびに手や指の消毒を行い、注意をはらって着脱します。

しかし、重ね着をしていると、着脱に手間取り、ウイルスが付着している表面に手を触れる機会が増えるほか、顔などに触れてしまう回数も増え、感染のリスクが高まるということです。

この病院の担当者は「感染を防ぐため、何枚か重ねたいという気持ちは分かるが、1枚を正しく着用し、しっかり手や指の消毒をしたほうが安全だ。防護服の着脱を正しく行うことが、自分の安全、そして病院や患者の安全にもつながるので、正しく行う必要がある」と話していました。

専門家「対策が不十分な要素が重なり合った」

感染症対策に詳しく埼玉県の専門家会議の委員でもある、坂木晴世看護師は、戸田中央総合病院での大規模なクラスターについて「何か1つ決定的な理由があったわけではなく、休憩室での食事や防護服の取り扱いなど、対策が不十分な要素が重なり合ったことで、メガクラスターになったと考えられる。ほかの医療機関でも起こりうることだと思う」と指摘しています。

そのうえで、職員の間で感染が広まったことで、病院全体が疲弊し、その結果、濃厚接触者の情報の共有を職員の間で行うなどの対応が遅れがちになり、悪循環が生まれたのではないかとしています。

坂木さんは「基本的な感染対策をもう一度見直し、職員の中で感染が出ても濃厚接触者にあたる人を極力減らし、現場から離脱する人を減らすことで、医療機関全体が機能不全に陥らないような態勢作りを進めておく必要がある」と話していました。

院内感染で死亡 遺族「母の死をむだにしないで」

戸田中央総合病院に入院している間に新型コロナウイルスに感染し、亡くなった女性の遺族は「コロナではなく別の病気で入院していたので、まさかコロナに感染し二度と会えなくなるとは思ってもいませんでした。病院には母の死をむだにしないようにしてほしい」と訴えています。

ことし1月、入院中に新型コロナウイルスに感染し、亡くなった88歳の女性は、7、8年前まで東京都内で手話サークルの講師をしていて、地域の人に慕われていたといいます。

その後、認知症となって近くの介護老人保健施設に入りましたが、腎臓の治療が必要となり、去年11月、戸田中央総合病院に入院しました。

女性の長男は入院の手続きで病院に入る際に、検温を求められず、院内で手続きを終えた後に検温されたことに違和感を感じたといいます。
長男は「トップレベルで感染対策されるべき病院で順番が逆なのではないか。入所していた介護施設のほうがより厳しく感染防止対策をとっていると感じた」と話しています。

そして、入院から1か月ほどたった去年12月、院内でクラスターが発生し、年が明けた、ことし1月3日、担当の医師から母親の容体が急変したと連絡を受けました。

同じ病室の患者に続いて、母親も感染が確認され、その33時間後に亡くなりました。

死亡診断書には「死因は新型コロナウイルス」と記されていました。

感染が確認されたため、長男は母親をみとることもできず、火葬場にも行けず、自宅に遺骨だけが届いたといいます。

長男は「母はコロナで入院したわけではなく、ふつうに帰ってくるはずでした。こんな形で死ぬなんて、思ってもいませんでした。病院には、まず謝罪してほしいし、何が原因なのか認め、母の死をむだにしないようにしてほしい」と訴えています。