ニュージーランド地震から10年 追悼式典 現地や富山市で

日本人28人を含む185人が死亡したニュージーランド南部の地震から22日で10年となり、現地で追悼式典が行われました。

2011年2月22日、ニュージーランド南部で発生したマグニチュード6.3の地震では、クライストチャーチ中心部の語学学校が入ったビルの倒壊などにより、日本人28人を含む185人が死亡しました。

発生から10年となる22日、クライストチャーチではアーダーン首相や家族を失った現地の人たちなどが参加して、追悼式典が行われました。

式典では地震発生時刻の日本時間午前8時51分に黙とうがささげられたあと、犠牲者一人一人の名前が読み上げられました。

そして、アーダーン首相が「10年は長い時間だが、多くの人にとってきのうのことのように感じられる。きょうは185人のことを思い出し、彼らの人生をたたえよう」と述べ、犠牲者を悼みました。

式典には例年、日本人の犠牲者の遺族も参加していますが、新型コロナウイルスの影響で外国人の入国が原則禁止されていることから、ことしは参加が見送られました。

式典でクライストチャーチのダルジール市長は「式典への参加を望んでいた日本人の遺族の皆さん、私たちは永遠につながっているし、離れていてもあなたたちのことを忘れない」と呼びかけました。

この地震をめぐっては、倒壊したビルに構造上の重大な欠陥があったことが確認されていて、ダルジール市長は去年、日本を訪れて遺族に謝罪しました。

富山市で追悼式 娘亡くした堀田さん「娘と一緒にいる感覚で」

語学研修中の生徒12人が犠牲になった富山市の専門学校では追悼式が行われました。

語学研修で訪れていた生徒12人が亡くなった富山市の富山外国語専門学校では追悼式が行われ、およそ100人が地震が起きた日本時間の午前8時51分に合わせて黙とうをささげ、献花台に花を手向けました。

このあと、上田為久校長が「この10年間、私たちは一人一人異なる時間を刻んできましたが、共通するのは皆さんをあの日、突然失った深い悲しみです。皆さんが残してくれた本校への深い愛着と英語習得への強い思いは、皆さんが生きた証として確実に後輩たちに受け継がれています」と追悼のことばを述べました。

ことしの追悼式は、新型コロナの感染拡大を防ぐため遺族や教職員、在校生に参列を限定して行われました。

式典後、当時19歳だった娘の沙希さんを亡くした横田政司さんは「地震が発生した10年前のきょう8時51分に娘がどんな声を出したのかどう苦しんで亡くなったのか少しでもそれを和らげてあげたいと思って黙とうした。10年という節目を感じたことは全くない。いまでも街を歩いていると30歳になった娘の姿を探してしまう」と話しました。

また、当時19歳だった娘のめぐみさんを亡くした堀田和夫さんは、新型コロナの影響で毎年欠かさず出席していた現地の式典への参列を断念しました。

堀田さんは現地で購入したネクタイを身につけて出席したことを明かし「少しでも娘と一緒にいる感覚できょうは過ごしたい」と話しました。

加藤官房長官「ご遺族の気持ちに寄り添う」

加藤官房長官は午前の記者会見で「政府を代表して改めて日本人を含む犠牲者の方々にご冥福をお祈りするとともに、ご遺族にお悔やみを申し上げたい」と述べました。

そのうえで「ニュージーランド警察は関係者を不起訴とする旨をすでに公表しているが、損害賠償請求といった被害の責任をめぐる法的な論点はニュージーランド国内の法制度にしたがって判断されるものと考えている。日本政府としても今後ともご遺族の気持ちにしっかり寄り添っていく」と述べました。