“眠れない”“血圧上昇”処方箋データが語る被災者の心身不調

まもなく、東日本大震災から10年です。津波で壊滅的な被害を受けた沿岸部では復興が進むいっぽう、被災した人たちの心身にはいまも深い爪痕が残されている実態が浮かび上がってきました。NHKが岩手県内の病院で過去10年間に処方された薬のデータ、およそ760万件を分析した結果、特に沿岸地域で、患者1人当たりに処方される睡眠薬や血圧の薬の量が増えていることが明らかになりました。

“眠れない”被災者 沿岸で増える睡眠薬処方

岩手県の沿岸部、山田町で一人暮らしをしている川村洋子さん(83)。
この10年間、不眠に悩まされ続けてきました。

その原因となったのが、深い悲しみが重なったことにあります。

震災の2か月前、50年連れ添った夫と死別。悲しみのさなか、震災が発生し、夫との思い出が詰まった家は、津波で流されました。
以来、つらい記憶がよみがえってくるため、精神科で処方された睡眠薬や不安を抑える薬など、6種類の薬を毎日飲むようになりました。

(川村洋子さん)
「津波前は病院に通ったことないです。今は(精神)安定剤と眠り薬が主です。飲まないと眠れないです。何のために生きているんだかなと思って」
「津波で家がなくなって何もなくなって、それを考えるとつらくなるんですよ。今まで働いて得たものが全部なくなって…」

処方箋のデータ分析 沿岸部の実態は

被災者の心をむしばむ震災の記憶。今回NHKでは、岩手県の「内陸」の2つの病院と「沿岸」の6つの病院で過去10年間に処方された薬のデータおよそ760万件分を比較しました。病院の規模や患者の数がほぼ同じになるように抽出したものです。

震災前の2010年を基準にすると「内陸」では、睡眠薬の処方の傾向は、半分以下に減少。一方で、津波の被害を受けた「沿岸部」にある病院では、人口減少で患者が減っているにもかかわらず、全体の処方量は増えていることが分かりました。
不眠に悩まされている川村さんは、ストレスによって、髪の毛が抜けたり、けん怠感に襲われたりと、体の不調にも苦しんできました。

そして、2月13日に東北でおきた地震で、10年前のつらい光景を思い出す機会が増えてしまったといいます。

(川村洋子さん)
「思い出さなくていいことを思い出すようになりました。(回数が)プラスになりました。例えば8回が10回になったり。生きてたって何もやることもないし、あんまり(睡眠薬)飲んでよくないという人もいますけども、私は悪くなってもいいから眠ったほうがいい。おそらく死ぬまで飲むと思います」

強いられた環境の変化 大きなストレスに

今回、NHKと共同でデータ分析を行った岩手医科大学の坂田清美教授は、被災者の心身の不調の背景には、この10年で強いられた住まいや環境の変化もあると指摘します。
(岩手医科大学 坂田清美教授)
「最初、避難所に避難して、仮設住宅に避難し、最後に災害公営住宅に移り住むことができた。転々と住居を変えざるを得なかった方がたくさんおられるわけで、やはりそれ自体が非常に大きなストレスになっていた可能性が高いというふうに考えております」

住まいの変化で「体」に異変

震災後、住まいの環境が変わったことで「体」の異変を感じるようになった人がいます。甲斐谷クミ子さん(87)は、血圧が急上昇し、脳卒中や脳血管の疾患を発症するリスクを抱えています。毎日、血圧を下げる薬を飲んでいますが、正常な値まで下がることはありません。

甲斐谷さんの血圧が上昇し始めたのは、5年前。それまで暮らしていた仮設住宅では近所の友人と一緒に体を動かす機会が多く、血圧は安定していました。

ところが、自宅を失った被災者のための災害公営住宅に入居すると、ほとんど知人がおらず、外出は激減。かかりつけの医師からは、「運動不足」が高血圧の原因の一つだと指摘され、いつまで健康でいられるか不安を感じています。

(甲斐谷クミ子さん)
「どうしてもこういう住宅に入ると、マンションみたいになってドア一つで(隔たれて)声をかけづらかったりなんかします。痛み止めとか、それからよく胃の調子が悪くなったりして、そういう薬も追加してもらっています。日常の生活がスムーズにできないということがいちばんの不安です」

“10年で終わり”ではない

今回、血圧の薬に関しても、岩手県の内陸と沿岸の病院でデータを比較しました。すると、内陸の病院では震災前から半減した一方で、沿岸の病院では高い水準を保っていました。

人口減少で患者が減っているため1人当たりの平均処方量は増えているとみられます。

坂田教授は、被災者の体や心の不調は時間の経過とともに今後さらに悪化する懸念があると指摘します。

(岩手医科大学 坂田清美教授)
「必ずしも時間がたって順調に回復するということではなく、いろいろな新たに生じた問題に対処しなくてはいけないということが影響して悪化の兆しを示している。10年たったから『終わり』ということではなくて、これからも特にリスクの高い方に対しては公的な支援が望ましいのではないかと考えている」