ひっ迫する“生活保護の現場” コロナ禍が追い打ちに

ケースワーカーが担当する生活保護の世帯数が法律で定められた目安を超え業務の負担が大きくなっている自治体が全国で相次いでいます。専門家は「新型コロナウイルスの影響が長期化する中で、今のままでは必要な支援が届かなくなるおそれがある」と指摘しています。

厚生労働省によりますと昭和26年に施行された社会福祉法では、ケースワーカーが担当する生活保護の世帯数についていずれも1人当たり、市町村が設置した福祉事務所は80世帯、都道府県が郡部に設置した事務所は65世帯を「法定数」としていました。

そのあと、平成12年からはこの「法定数」が、目安である「標準数」にかわり、都道府県などが条例でケースワーカーの人数を定めることになりました。

厚生労働省の平成28年の調査では、生活保護を担当するケースワーカーの数は全国の自治体で1万8183人となっています。

これを「標準数」と比較すると合わせて1932人不足しています。
このうち政令指定都市と中核市が設置した福祉事務所67のうちケースワーカー1人当たりの担当が80世帯を超え「標準数」を満たしていなかったのは56と、率にして84%となっています。

また、昨年度の東京都の調査では、都内にある63の福祉事務所のうち、ケースワーカー1人当たりの担当が80世帯を超え「標準数」を満たしていなかったのは50と、79%にのぼります。

厚生労働省によりますと非常勤職員として働くケースワーカーは平成21年の調査では全国で655人でしたが、平成28年には1150人と、70%余り増えています。
生活保護行政に詳しい立命館大学の桜井啓太准教授は「ケースワーカーの不足は常態化していて、新型コロナウイルスの影響が長期化して生活保護を受ける世帯が増えた場合、コロナ禍の保健所のように人員の不足がさらに深刻化して必要な支援が届かなくなるおそれが出てくる。1人でも多くの人の生活の再建につなげるためにもケースワーカーが足りないという課題の改善に向けて早急に対策を検討すべきだ」と話しています。

40代男性「もっと相談できれば」

去年10月から生活保護を受けている都内に住む40歳の男性は、建設の資格を複数取得し、20年以上、派遣や日雇いで働いてきましたが、新型コロナウイルスの影響で仕事がなくなり、貯金もなくなったといいます。

男性は新たな仕事を見つけるために毎週、ハローワークに通っていますが、短期間の仕事が多く再就職の活動でどうしたらよいのか迷うことが多くなっています。

男性によりますと相談しようと福祉事務所を何度も訪れましたが、担当のケースワーカーはほかの対応があったり、相談できても短い時間しかできなかったということです。

男性は「ケースワーカーに電話で『早く自立したい』と伝えても『焦らなくていい』という対応です。相談できるのはケースワーカーしかいませんしできればもっと話すことができればと思っています。今のままでは生活の再建ができるのかと不安です」と話していました。

現場職員「担当する世帯多く支援届くか不安」

東京都内の福祉事務所でケースワーカーとして働く30代の女性は、生活保護を受けるおよそ100世帯の支援を担当していて「担当する世帯が多く必要な支援を行うことができているのか不安を感じる」と話しています。

生活保護を受ける世帯を支援するケースワーカーの仕事は、世帯の収入が国の基準で定めた最低生活費に足りない場合にその差額が毎月、生活保護費として支給されるため生活の状況を確認してその計算や手続きなどを行うほか、生活上の悩みや再就職に向けた相談を受けるとともに介護や入院が必要な際には国や自治体と調整して必要な手続きを進めたりします。

東京都内の福祉事務所で7年間ケースワーカーとして働いている30代の女性に平均的な1日の仕事について、その内容やかかる時間を教えてもらいました。

本来の勤務は午前8時半から午後5時15分までで休憩を1時間を挟んで合わせて7時間45分です。

しかし実際には福祉事務所の窓口を訪れた生活保護の受給者への対応でおよそ1時間、相談など電話での対応がおよそ2時間、緊急に対応すべきケースで福祉事務所の外での業務がおよそ3時間、後輩への業務指導がおよそ30分、書類作成などの事務作業が5時間ほどかかるといいます。

これだけの業務を行うためには残業をしないと対応できませんが、それでも間に合わないために休日出勤をして事務作業を行うなどしているということです。

今月12日は、担当する50代の男性から支給された保護費の一部を友人に貸したが、返済されずどのようにすべきかという相談が寄せられ、応じていました。

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため自宅への訪問が難しくなり女性が勤務する福祉事務所では緊急性がないと判断した場合は電話で生活状況の確認などを行っています。

女性に今年度の計画書を見せてもらうとことし3月末までに担当するおよそ100世帯に延べおよそ300回の訪問をするとしていました。

しかし、新型コロナウイルスの影響で、今までに訪問できたのは、延べ50世帯ほどだということです。

女性は新型コロナウイルスの影響で訪問できる機会が減り精神的に落ち込んでいないかなどの状況の把握が難しいと感じています。

女性は「生活再建のためにできるかぎりのことをしたいと考えていますが担当する世帯が多く必要な支援を行うことができているのか不安を感じています。精神的なつながりが大事なのに、時間を気にして事務的な対応しかできていないと思います。忙しすぎてどうしても支援が遅れてしまうことがあり罪悪感にさいなまれることもあります」と話していました。

改善に動く自治体も

「ケースワーカー」が不足し、業務の負担が増えている現状を改善しようという動きも出ています。

東京・江戸川区は、毎年、年度のはじめに相談員を含めたケースワーカー1人当たりの世帯数を社会福祉法で定められた目安である80世帯を超えないように職員の数を調整しています。

去年4月の時点でおよそ1万5500世帯が生活保護を受けていて、相談員を含めると198人が担当し1人当たり78世帯となっています。

しかし、新型コロナウイルスの影響で生活保護を受給する世帯が増え始めたことや病気などで休んでいる職員が出たことから相談員を除いたケースワーカーが担当する世帯は1人当たりの平均で93世帯に増えたということです。

「ケースワーカー」の負担を減らそうと江戸川区は、職員の事務作業や自宅訪問の状況を共有できるシステムの運用を今年度から本格的に始めました。

システムでは生活保護を受給する世帯への訪問の回数が計画より少ない場合にはその世帯が赤や黄で表示されるほか、ケースワーカーごとに、訪問すべき回数まであとどれくらいあるのかがわかるようになっています。

個人の業務の進捗(しんちょく)について職場で共有することで、負担が大きかった事務作業を、係の中でスムーズに調整できるようになったほか、経験の少ない若手にベテランがアドバイスをするなど職員どうしのコミュニケーションが増えたということです。

江戸川区ではこのシステムの導入で生活保護を受けている人の相談や支援にできるだけ時間をかけ支援策をより多く示すことができるようになってきたということです。

江戸川区生活援護第一課の妻鳥圭介係長は「生活保護を受けている人で再就職に向けた支援のプログラムへの参加者が増えるなど取り組みの成果が出ている」と話していました。

また、江戸川区内の福祉専門学校を卒業した学生のうち、毎年、5人程度を非常勤の職員として採用しケースワーカーの業務を3年間、担ってもらっています。

江戸川区生活援護第一課の安田健二課長は「ケースワーカーの不足をなんとか工夫してカバーしている状態だ。新型コロナウイルスの影響で生活保護を申請する人が増えていて現在の体制で対応を続けることは厳しいと感じている」と話していました。

国も支援強化

厚生労働省は新型コロナウイルスの感染拡大による雇用情勢の悪化でケースワーカーの業務が大幅に増える可能性があるとして自治体への支援を強化しています。

厚生労働省によりますと先月成立した第3次補正予算ではセーフティネット強化交付金として140億円が盛り込まれその一部が福祉事務所の支援などにあてられます。

生活保護を受ける人の就労支援などをサポートする非正規職員を増やすために交付金を活用できるということで厚生労働省は全国の自治体に活用を呼びかけています。