“無給医” 労基署が是正勧告「画期的な判断 改善の第一歩に」

おととし、日本医科大学付属病院が、診療に従事させていた大学院生11人に、少なくとも10日以上、賃金を支払っていなかったとして労働基準監督署から是正勧告を受けていたことが分かりました。診療をしても給与が支払われないいわゆる「無給医」の大学院生について労働者と認めた判断は初めてと見られます。

是正勧告を受けたのは、東京 文京区にある日本医科大学付属病院です。

労働基準監督署に申告した大学院生の代理人弁護士や大学によりますと、おととし病院に立ち入り調査を行った結果、外来診療に従事させていた大学院生11人に少なくとも13日間賃金を支払っていなかったことが確認されたということです。

このため、労働基準監督署は1月20日付けで是正勧告を行うとともに、過去2年間にさかのぼって診療の実態を調査し、大学院生であっても業務内容を精査して、労働時間に該当する場合は賃金を支払うよう指導したということです。

診療に従事しても研究や自己研さんなどと見なされて給与が支払われない大学院生などは「無給医」と呼ばれ、勤務医の組合などによりますと、無給医の大学院生を労働者と認めた是正勧告は初めてと見られます。

日本医科大学は、「今年度(令和2年度)からは適切な対応をとっており、現在は問題がないと考えている」とコメントしています。

無給医はNHKの報道をきっかけに存在が明らかになり、2018年の時点で全国59の大学病院に合わせて2800人余りいたことが国の実態調査で確認されています。

労働基準監督署に申告した大学院生の代理人を務める松丸正弁護士は26日、都内で会見を開き「長年続けられてきた無給医の制度が、労働基準法上非常識と認めたことは、当然ではあるが画期的な判断だ。各地の大学で残る無給医の制度が改善する第一歩になる」と述べました。

無給医がリスクを伴う診療に従事

最近は、無給医が新型コロナウイルスの治療に従事する事例も出てきています。

このうち関東の大学病院に所属する大学院生の医師は、おととしまで診療をしても給料が支払われていませんでした。

無給医をめぐる問題が明るみに出たことを受けて、去年4月から1時間当たり1100円が支払われるようになりましたが、今も診療時間などすべてを労働時間とは認められていません。

また、最近、所属する大学病院では、同じ境遇にいる数十人の大学院生とともに交代で新型コロナウイルスの診療にあたっているということです。危険手当はなく、給与水準は常勤の医師を大幅に下回っていると言います。

多くの大学院生はこれまで別の病院でアルバイトをして生計を立てていましたが、感染が拡大してからは周囲に感染を広げるリスクを減らすため、アルバイトを控えなくてはならず収入が激減しているということです。

今回、取材を受けた大学院生は、「若手の医師たちは有無を言わさずに新型コロナウイルスの診療にあてられている。完全な無給ではないとはいえ、非常に低い給与でリスクを伴う診療をさせられていることに疑問を感じる」と話しています。

NHKの報道きっかけに明らかに

「無給医」は、大学病院などで診療にあたっても給与の全額か一部が支払われない医師や歯科医師のことです。長年、医療界で続いてきた慣習で、かつては研修医などに多く見られましたがその後、研修医の待遇は改善されました。

しかし、大学院生などが、診療行為を研究や自己研さんなどと見なされて、無給医として働いていることが2018年NHKの報道をきっかけに明らかになりました。

報道を受けて国が実態調査に乗り出し、2018年9月の時点で全国59の大学病院に合わせて2819人の無給医がいたことが確認されました。

その後、各大学は改善するとしていましたが、医師の労働組合などによりますと給与の一部が支払われるなど改善が見られた大学病院があった一方、今も無給医として働く人からの相談が寄せられているということです。

こうした中、日本医科大学の付属病院で診療にあたっていた若手の大学院生が、おととし、待遇の改善や補償を求め、労働基準監督署に大学への勧告などを行うよう申告していました。

徹夜で診療後 交通事故で死亡した例も

無給医の多くは生計を立てるためにアルバイトをしなくてはならず、長時間労働に陥りやすいとされています。

平成15年には、「無給医」の大学院生が徹夜で診療をしてアルバイト先に向かい、居眠り運転が原因と見られる交通事故を起こして死亡しました。

遺族は、大学側に対して「安全に配慮する義務があった」と裁判を起こし、裁判所が大学側に賠償を命じましたが、この時は無給だったこと自体は争点にされませんでした。

裁判を担当した松丸正弁護士は、大学院生が無給で働いている実態をもっと問題として掘り下げるべきだったのではないかと悔やんできました。このため、今回、日本医科大学の大学院生が労働基準監督署に申告した際の代理人を引き受けたということです。

松丸弁護士は「大学院生の診療は実態としてほかの勤務医と変わらない『勤務』だが、これまで多くの大学院生が『学位を取れなくなるのではないか』といった不安から声を上げられず、問題が残されてきた。労働基準監督署が大学院生を労働者と認めたのは初めてと見られ、今回の画期的な判断を機に無給医が根絶されることを期待したい」と話しています。

「今回の問題は氷山の一角」ほかの大学でも改善を

都内の大学病院で勤務する「無給医」の大学院生は、フルタイムで診療しているのに月に数万円の手当しかもらえていないと言います。

この大学院生は、今回の労働基準監督署の判断を評価したうえで、「自身もほかの医師と変わらない質の診療を行っているのに対価が支払われないことに納得がいかなかった。この判断をきっかけに、ほかの大学でも状況を改善してほしい」と話しています。
勤務医などで作る労働組合「全国医師ユニオン」の代表で、医師の働き方に詳しい、植山直人代表は、「なぜここまで時間がかかったのか理解に苦しむが、大学院生でも診療は労働であるとしっかり認めた点は前進ではないか」と話しています。

そのうえで、「国は今、医師の働き方改革を進めているが、無給医のように労働と見なされない働き方が存在すると、労働時間の管理が骨抜きになってしまう。今回の問題は氷山の一角で、医療界にはまだ古い風習が残っている。医師の過重労働を防ぐためにも国は、ほかの大学も含めて真摯(しんし)に状況の改善に取り組んでほしい」としています。