娘にだけは知られたくない…

娘にだけは知られたくない…
コロナ禍で仕事がなくなり所持金も底をつきどうしていいかわからない。支援団体に助けを求める人たちは自分がまさかここまで追い込まれるとは思ってもみなかったと言います。そして「生活保護だけは受けたくない」。この取材を通して最も多く聞いたことばです。見えてきたのは壁となっている、行政が行うある手続きの存在でした。
(首都圏局 記者 戸叶直宏 / ニュースウオッチ9 ディレクター 福留秀幸)

大みそかに住まいを失う

「こんなに苦しい年はなかった。なんともいえない、大みそかです」

去年12月31日・おおみそか、東京都内に住む60代の男性はアパートの部屋から退去するために1人、荷造りをしていました。

去年3月から警備会社で働いていましたが12月で解雇され、この日までに会社が借りていた寮のアパートから出ていく必要があったのです。

部屋は6畳ほどの広さで、荷物は段ボール4箱にバッグ2つ、家電などの生活用品はほとんどありません。
60代の男性
「住むところもなくなり、本当に誰も助けてくれないと感じました。なんでだろうな、なんでだろうなって毎日、何十回も自問自答を繰り返しました」

「まさか自分が…」貧困とは無縁の人生

男性は警備会社に勤務する前まではおよそ30年間、フリーランスとして映像制作などの仕事に携わってきました。多くの人に思いを届ける作品を作ってきたという自負がありました。

会社員とは違って毎月、安定した収入ではないものの生活に困ったことはありませんでした。

しかし、新型コロナウイルスの影響で去年2月ごろから仕事が激減し、警備会社で働き始めました。

数か月後には仕事は1か月に1度あるかという状態になったといいます。

国が当面の生活費を貸し出す緊急小口資金の20万円や取り崩した貯金も、先月、ほとんどなくなりました。
60代の男性
「サラリーマンのような働き方ではなくフリーランスとして自分の能力で勝負していくことが性に合っていると思い不安定ですがそうした仕事を続けてきました。ただここまで追い込まれることはなかったですし今後、生き死を考えなくてはいけなくなるような恐れがあると感じています」

所持金722円…それでも生活保護を申請しない理由は

男性は東京都の窓口に相談しました。

そしてことし3月までは東京都が住まいを失った人を支援するために一時的な宿泊場所として用意したビジネスホテルに滞在できることになりました。

しかし、現在も仕事の見通しはたっていないといいます。

年が明けた1月4日、男性を訪ねると、残金は722円。

自治体の担当者からは生活保護の申請をするよう話がありましたが、断ったといいます。
60代の男性
「生活保護は後ろめたさがある。これまで普通の生活をしてきたので、今までの生き方を捨てることはできない」
男性は政治や制度の問題をあげて、生活保護を申請しない理由を1時間以上、話し続けました。

そして、取材の終わりにスマートフォンに保存された1枚の写真を見せてくれました。
60代の男性
「可愛い子でしょ?もう2年半、会っていないんです」
男性のやわらかい表情を初めて見たという気がしました。

そこには離れて暮らす娘の晴れ姿が写っていました。

生活保護を申請すると、行政から親族に直接連絡する「扶養照会」が行われる場合があります。

男性は、親として、娘への扶養照会だけはなんとしても避けたいんですと、スマートフォンを見つめながら言いました。
60代の男性
「やっぱり娘にだけは今の状況を知られたくないし不安がらせたくないし、悲しませたくない。実はね、生活保護を受けない最大の理由なんです。娘と再会するときは自分の生活基盤をつくってそういう姿を見せられる自分になったときに1日も早く会いたい。それが今、生きている目的です」
男性は当面、国から生活費を借りることができる制度を利用することにしています。

「扶養照会」とは

「扶養照会」は、生活保護の申請を受けた自治体が申請した人に親族の経済的な状況などを聞き、援助を受けられる可能性があると判断した場合に、直接、親族に通知して問い合わせることです。

厚生労働省によりますと生活保護法には、民法で定められた3親等内の「扶養義務」の方が優先されるという条文があるため、行われているといいます。

厚生労働省は、▽配偶者からDVや虐待を受けていた▽20年以上にわたって連絡をとっていない▽親族がおおむね70歳以上などの場合は扶養照会をしなくてもよいと自治体に通知しています。

厚生労働省の担当者に扶養照会の必要性について聞くと「生活が困難になった人は自分でできることは全て行い、それでも自立が難しい場合に初めて生活保護を適用するという原則があり、これは法律の根幹にかかわる部分になります」と話していました。

厚生労働省はホームページ上で、「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談してください」とメッセージを発信しています。

「家族に知られるのが嫌だ」

「扶養照会」はどのように受け止められているのか。

年末年始に都内で炊き出しや相談支援にあたった、「つくろい東京ファンド」では相談を寄せた人にアンケート調査を行い165人から回答がありました。

団体によりますと、相談を寄せた人の多くが生活に困窮している状態にあったといいます。

しかし、生活保護を受けているのは37人(22.4%)で、106人(64.2%)は生活保護を1度も利用したことがありませんでした。
現在、生活保護を受けていない128人のうち、44人(34.4%)が「家族に知られるのが嫌だ」と回答しました。

団体では扶養照会の運用を最小限にとどめるべきだとして今月からインターネットで署名を集める活動を始めました。

2月に厚生労働省に集まった署名と要請書を提出することにしています。
つくろい東京ファンド 稲葉剛さん
「支援が尽きるタイミングである年末年始に、限界を超えているのに、生活保護だけは嫌だと言って福祉につながらない人が多くいました。特に『扶養照会』が大きな壁になっていて、自治体の中には『申請したら家族に連絡させてもらう』と言って諦めさせようとするところも一部にある。扶養照会は前時代的で、今やほとんど効力がなく、仕組み自体を無くすべきだと思いますが、コロナ禍で困窮者が増える中、ことは一刻を争います。まずは、申請者が事前に承諾し、明らかに扶養が期待される場合のみに限るべきです」

「世間に冷たい目で見られる不安が…」

生活保護を受けると恥ずかしいと思っているため行政に相談できず、生活がギリギリになっている人もいます。

この40代の男性は長野県から上京して20年あまり、派遣やアルバイトの非正規雇用で働き続けてきました。

しかし、新型コロナウイルスの影響で去年の春以降、ほとんど仕事がなくなってしまったといいます。
40代の男性
「健康で働くことができますし年齢も若いので生活保護を受けてはいけないのではと思いますし、収入がない状態に恥ずかしさを感じています。生活保護を受けると世間に冷たい目で見られる不安があるし親には申し訳が立たない…」

炊き出しと砂糖で食いつなぐ

男性は生活保護を受けたくないと考え、去年3月から東京・池袋の支援団体が毎週土曜日に行っている炊き出しに通い続けてきました。
レシートを重ねて貼り付けてある家計簿を見せてもらうと、ディスカウントストアで「砂糖」を1日に15袋も買っていることがありました。
40代の男性
「消費税を1円でも節約しようと15回も並んだので、レジのおばさんにも笑われました。でも、最低限、糖分を取っておけば頭は働くので…」
去年6月から、国の教育訓練でパソコンの実習を受け給付された40万円と、特別定額給付金の10万円、あわせて50万円を得ることができました。

再就職の活動をして10社ほど面接などの申し込みをしましたが採用されず貯金を取り崩して生活してきました。

「生活保護」申請を決断、しかし…

男性はこれまで炊き出しを訪れても、支援団体に相談をしたことはありませんでしたが先月31日の食料の提供の際に支援団体のスタッフに声をかけられました。

そして生活保護の申請を勧められました。

男性は「親に知られたくない」と断ろうとしましたが、扶養照会をされない場合もあると説得され、支援団体のスタッフと一緒に区役所の窓口に相談に行きました。
区役所担当者
「貯金はありますか?」

40代の男性
「来月の家賃5万円を払ったら、底を尽きます」

区役所担当者
「親の年齢は?」

40代の男性
「80代ですが…連絡は取りたくないです」

区役所担当者
「80代で年金生活なら、扶養はできないから連絡することはないので安心して下さい」

それなら…と、生活保護を申請をすることを決めました。

「やはり扶養照会する」と区役所から連絡

しかし、その1週間後、記者に「生活保護は諦めました」とメールがありました。

「やはり、兄弟など、別の親族に扶養照会することになる」と区役所から連絡があったため、申請をやめることにしたといいます。

男性は「家賃のために、1月は2万円しか使えないんですよ」と言っていました。

後日、送られてきた年賀状には「なんとか、ホームレスにはならないようにします」と丁寧な字で書かれていました。

コロナ禍で「生活保護」めぐる課題が顕在化

今回、取材をした支援団体の担当者は「コロナ禍で社会に埋もれていた貧困の問題が顕在化している」と話していました。

生活保護をめぐる課題についてはこれまでも指摘されてきましたが、取材を続ける中で本当に支援が必要な人に届かない実態について今こそ、改めて議論すべきではないかと強く感じました。

私たちは今後もみなさんの声をもとに取材を続けていきたいと思っています。

ご意見や情報提供をお待ちしています。
首都圏局 記者
戸叶直宏

平成22年入局。貧困や教育、マイノリティーの課題について幅広く取材。
ニュースウオッチ9 ディレクター
福留秀幸

NHK「総合診療医ドクターG」、民放の報道番組などを経て、去年4月からニュースウオッチ9に。貧困や人の命に関わる問題を中心に幅広く取材。