【詳しく】IOCバッハ会長来日 その収穫と課題は

東京オリンピック・パラリンピックが来年に延期されてから初めて来日したIOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長。菅総理大臣など日本側のキーマンと相次いで会談し「大会を必ず実現する」ことを確認、笑顔で日本をあとにしました。

一方で、日本でも新型コロナウイルスの1日の感染者が2000人を越えるなど、世界で感染拡大は続き大会開催に不安を感じる声は少なくありません。今回の訪問を取材して見えた収穫と課題をまとめました。(スポーツニュース部記者 国武希美)

強い意志を持っての来日

バッハ会長のこの時期の来日が検討され始めたのは1か月以上前。
そのころ日本はいわゆる感染の“第2波”が落ち着きを見せていました。

しかし、11月に入り感染の状況は大きく変化し、訪問前には“第3波”と言われるまで感染者が増えました。

それでも、バッハ会長はスイスで1週間の自主隔離を行い、さらにチャーター機を仕立ててまで日本にやってきました。
この時期に訪問するいくつかの狙いがあったからです。

来日の狙い(1)大会実現の意思の共有

その1つが菅総理大臣との信頼関係の構築でした。

ことし3月にIOCが史上初めて決断したオリンピックの延期。これを後押ししたのは信頼関係を築いてきた安倍前総理大臣の延期の提案でした。

IOC側には、日本のトップが代わっても「大会を実現する」という強い意思が変わらないということを世界にアピールしたいという狙いがありました。

16日の午前中に行われた菅総理大臣との会談では必ず開催するという意思を確認しあっただけでなく、日本側から「観客の参加を想定して感染対策などの検討を進めている」という完全に近い形での大会の開催という青写真が示されました。

関係者によりますと、バッハ会長はこの席でワクチンの開発を想定し世界中のアスリートたちのためにどう確保するのか、その枠組みを考えることの重要性を熱心に語ったということです。

大会開催の意思を共有するだけでなく、その根拠となる感染対策やワクチンの確保についてまで話しが及んだことは、IOCにとって収穫の多い会談だったことを意味していると思います。

バッハ会長は、このあとの記者会見で、ワクチンが大会前に接種可能となった場合入国前の海外選手の接種について「IOCとしてそのコストを引き受ける」と初めて表明しました。

大会実現に向けてIOCができることを一歩踏み込んで発言し、大会開催をアピールすることが狙いだったとみられます。

この日のバッハ会長は組織委員会の人たちを前に「大会成功のために全力をつくすことについて日本側と完全に協調ができていることがわかった。互いの協力関係はありえないほど緊密だ」と力を込めて述べるなど、終始満足そうな様子でした。

来日の狙い(2)世論を肌で感じる

今回の訪問で、バッハ会長は日本の人たちが大会についてどう感じているか直接知りたいという思いも持っていました。

実は、IOCでは毎日、大会開催国や地域のオリンピック開催に関するSNSの発言を分析し、職員にはその分析結果が送られてきます。
日本は、ヨーロッパや中国、アメリカなどよりもぬきんでてネガティブな割合が高いというのです。

「バッハ会長は、日本の国民感情や雰囲気を非常に気にしている」
ある関係者がささやいたこのひと言は、今回の訪日の大きなポイントになるはずでした。

しかし、今回の滞在でバッハ会長が会談した人たちは大会準備を進める側の人たちばかりで、一般の国民の声に触れることができたのかどうかは疑問です。
記者会見の中で「大会開催に反対する人たち」について聞かれたバッハ会長は、都庁を訪問した際に反対を訴える人たちがいたことを念頭に次のように答えました。

「大きなメガホンを持った人が3人いました。叫び声をあげていたので、何を言おうとしているか聞きたいと思いました。しかし、マイクを持っている人は、それを受け付けようとしませんでした。叫び声を上げるだけの人には何も言えない」

4年前、バッハ会長がオリンピック開催を控えるブラジルを訪れたとき、開催反対を訴えるデモをしていた人たちにみずから近づき話しを聞いた場面がありました。

警備の問題や感染対策の問題などで、今回の滞在で直接会話をすることは難しかったとしても、大会をネガティブに捉える意見がどこまで届いたか、疑問が残ります。

翌日視察に訪れた国立競技場で、バッハ会長は「われわれは今、不確実性のなかにいる。9か月後にオリンピックができるのかという不安を抱く人たちがいるのは理解できる。とにかく私たちとしては説明を続けるしかないと思っている」と述べました。

大会開催にどれだけ多くの人の理解を得ることができるか、この難しい課題に対するバッハ会長の本音が現れた瞬間でした。

東京大会は来年7月スタート 続く正念場

2013年、ブエノスアイレスで行われたIOC総会で、東京オリンピックの招致が決まった翌日、バッハ会長はIOCの第9代の会長に選ばれました。

いわば、会長としての歩みとともに見続けた東京大会の準備状況。
開催の実現に向けてなみなみならぬ思いがありますが、開催への課題は、まだまだ山積みだということも感じ取った今回の訪問だったと思います。

バッハ会長が公の場で踏み込んだ発言をするなかで、多くの人が「来年大会を開催する方向なのだ」と改めて実感する一方で、繰り返し感染対策について聞かれたバッハ会長は「安全こそが最優先だ」という考えを改めて示しました。

また、安全性を確保するためのワクチンの重要性を繰り返し述べましたが、そのワクチンが大会に間に合う保証はありません。

感染対策と大会の開催を両立させるという難しい課題は、大会を迎えるその日まで続きます。