原発集団訴訟 きょう仙台高裁で判決 国の責任認めるか焦点

原発集団訴訟 きょう仙台高裁で判決 国の責任認めるか焦点
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東京電力福島第一原子力発電所の事故で生活の基盤が損なわれたとして、福島県で暮らす住民など3600人余りが国と東京電力に賠償を求めた集団訴訟で、仙台高等裁判所は30日、判決を言い渡します。

原発事故の国の責任について争われた2審の判決は初めてで、裁判所の判断が注目されます。
この裁判では、原発事故のあとも福島県内で暮らし続ける住民や避難した人など3600人余りが、生活の基盤が損なわれ精神的な苦痛を受けたとして国と東京電力に賠償を求めています。

全国各地で起こされている同様の集団訴訟では、最大の規模です。

裁判では、国と東京電力が大規模な津波を予測して被害を防ぐことができたかどうかや、国の審査会が指針で示した賠償の金額などが妥当かどうかが争われ、1審の福島地方裁判所は3年前、「国が東京電力に津波の対策を命じていれば原発事故は防げた」などとして総額4億9000万円余りの賠償を命じていました。

この裁判の2審の判決が、30日午後2時に仙台高等裁判所で言い渡されます。

原発事故の国の責任について争われた2審の判決は初めてで、各地で行われている今後の裁判に影響を与える可能性があり、判断が注目されます。

今回の裁判の特徴は

原告の弁護団によりますと、この裁判の原告の数は3600人余りと、東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐって全国で起こされている集団訴訟の中で最も大きな規模です。

裁判が起こされたのは原発事故からちょうど2年後の2013年3月11日で、福島県とその周辺の県の住民合わせて800人が国や東京電力の責任や、1人当たり月5万円の賠償、それに放射線量が高くなった地域の原状回復を求めました。

その後、次々と原告が加わっていき、原告たちが、「生業を返せ、地域を返せ」をスローガンにしていることなどから「生業訴訟」とも呼ばれるようになりました。

1審の福島地方裁判所は3年前、国と東京電力の責任を認め、原告のうちおよそ2900人に総額4億9000万円余りの賠償を命じました。

ただ、この判決に対しては、被告の国と東京電力だけでなく原状回復の訴えが退けられたことや、賠償の範囲などが限定されたことなどから原告も控訴しました。

おととし始まった仙台高等裁判所での2審の審理では、津波工学の専門家から話を聞いたほか、福島第一原発の近くにある福島県浪江町や富岡町での裁判官らによる現地視察なども行われました。

国の責任 1審は判断分かれる

原告の弁護団によりますと、東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐり福島県に住む人たちなどが国と東京電力を訴えた集団訴訟は全国18の都道府県でおよそ30件起こされ、原告の数はおよそ1万2000人にのぼっています。

このうち、これまでに1審の判決が出たのが13件で、すべての判決で東京電力に賠償を命じています。

一方、国の責任については前橋地裁など7件で認められましたが、千葉地裁など6件では認められず、判断が分かれています。

2審の判決は30日が初めてで、判決の内容が各地の裁判に影響を与える可能性があります。

原告の果樹農家「心が救われる判決を」

原告の1人、福島市の阿部哲也さん(57)は、祖父の代から90年近く続く果樹農家です。

梨とりんごを栽培し、毎年多くの得意先に発送してきましたが、原発事故を境に状況は一変。贈答用の注文はほとんどなくなり、売り上げも大きく減ってしまいました。

阿部さんは、「原発事故の前は1人で10箱注文する人もいたが、事故後は『自宅用には買うけど贈り物にはしない』という人が増えた。放射性物質の影響で値段も下がってしまい、少しずつ回復しているもののいまだに震災前の値段には戻っていない」と話しました。

売り上げの減少に対しては東京電力から賠償を受けていますが、原発事故の影響はこうした経済的な面だけにとどまりません。

阿部さんは、子どもたちに長年続く地域の産業について学んでもらいたいと、毎年、果樹園で地元の中学生の体験学習を受け入れていました。

年4回の学習のあとに受け取る生徒のレポートや感想文を読むのを楽しみにしていましたが、こうした機会は原発事故で7年間中止を余儀なくされ、2年前に再開したものの、以前のような規模では行えていないということです。

阿部さんは、「除染していない場所では今でも放射線の量が通常の5倍から8倍あり、子どもたちへの健康影響が懸念されるため体験学習ができなくなってしまった。広い畑の中を走り回り草をむしったり地面に触れたりしながらとても楽しそうにしていた子どもたちの笑顔が印象的で、そうしたふれあいや学習の機会がなくなってしまったことは、悔しくて残念だ」と語りました。

阿部さんは、原発事故から9年半たった今でも、関連するニュースを見るたびに、原発事故はまだ終わっていないと気付かされ、当時の怒りや喪失感が込み上げてくるといいます。

阿部さんは、「風評被害による販売不振など金額に換算できる損害だけでなく、農地の汚染や健康不安などに伴う精神的なストレス、それに地域とのつながりが絶たれた喪失感などの被害をいちばん訴えたかったので、お金うんぬんではなく、どの程度被害者に寄り添った判断が示されるかがポイントだと思っている。震災から9年半たったので、今回の高裁判決が1つのけじめになると思う。心が救われる、ほっと安心できる判決を望んでいる」と話しました。