「第五福竜丸」乗組員への手紙を展示 東京

「第五福竜丸」乗組員への手紙を展示 東京
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66年前、太平洋のビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験で被ばくした日本の漁船「第五福竜丸」の乗組員に宛て、当時、全国の子どもたちから寄せられた手紙が、19日から都内で展示されています。
手紙の企画展は、「第五福竜丸」の船体の保存や関連資料を展示している東京 江東区の施設で始まりました。

「第五福竜丸」は1954年、太平洋のマーシャル諸島のビキニ環礁で、アメリカの水爆実験に巻き込まれ乗組員23人全員が被ばくし、無線長だった久保山愛吉さんが半年後に40歳で亡くなりました。
当時、容体はラジオで詳しく伝えられ、久保山さんと家族のもとには、全国の子どもたちから1500通の手紙が寄せられたということで、企画展ではおよそ60通が展示されています。

小学2年生の女の子は、ベッドに横たわる久保山さんの絵とともに「はやくなおってください」とつづったほか、小学2年生の男の子は「きょうだいなかよくね。せんそう。けんかほんとにこわいね」と久保山さんの3人の幼い子どもたちを気遣うメッセージを記していました。

第五福竜丸展示館の市田真理学芸員は「当時の子どもたちが、苦しむ乗組員たちにどんな思いを寄せたか伝わってきます。決して過去のことではなく、自分につながる問題として考える機会にしてほしい」と話しています。