“不妊治療への保険適用拡大”は… 歓迎の声 課題の指摘も

“不妊治療への保険適用拡大”は… 歓迎の声 課題の指摘も
菅総理大臣が不妊治療への保険適用の拡大を掲げていることについては、当事者などから歓迎の声が上がっています。今後、検討が進むとみられていますが、課題を指摘する声も上がっています。
菅総理大臣は少子化対策の一環として不妊治療への保険適用の拡大を掲げました。

不妊治療のうち、現在、保険が適用されているのは治療の初期段階の一部だけで、高額な治療費がかかる「体外受精」などの高度な治療は原則、自己負担となっています。

治療中の男女を支援するNPO法人「Fine」の調査によりますと、「体外受精」は一度の治療で50万円以上かかる場合も多いということです。
(出典:NPO法人Fine「不妊治療と経済的負担に関するアンケート2018」)

保険適用の拡大について、このNPOの松本亜樹子理事長は「経済的理由から治療を諦める人はたくさんいるので、この問題への取り組みが進むことを歓迎したい」と話しています。

一方、NPOによりますと、ほかにもさまざまな課題が残されているといいます。

病院に通う頻度や薬の量、種類など、治療の進め方は人によって大きく異なるため、保険適用の際の条件によって画一的な治療が行われるようになれば、妊娠する確率が低下する可能性があるということです。

また、クリニックごとの妊娠成功率の開示なども進んでいないため、医療機関を選ぶ判断材料も乏しいということです。

さらに、仕事と治療を両立しやすい環境整備など、社会全体で、妊娠を望む人を支えていく必要があると指摘しています。

このほか、第三者の精子を使った人工授精などで生まれた子どもが精子の提供者に関する情報の開示を求めるなど、「出自を知る権利」なども広く認識されるようになっていることから、法律の整備をすすめ倫理的な課題も合わせて解決していくべきだとしています。
松本理事長は「経済的な負担の解消はありがたい話だが、それだけに突出して議論が進むのは違和感がある。ほかの課題もともに解決できるよう社会環境や法律の整備も進めるべきだ」と話しています。

不妊の検査や治療 約6組に1組が経験

「不妊」とは、日本産科婦人科学会の定義で、妊娠を望む健康なカップルが1年たっても妊娠しない状態をいいます。

不妊治療への関心は年々高まっていて、国立社会保障・人口問題研究所が5年前に行った調査によりますと、およそ6組に1組にあたる18%のカップルが、不妊の検査や治療を経験しているということです。

具体的な治療方法は

不妊治療では、はじめに不妊の原因を調べる男性側、女性側の検査をそれぞれ行います。検査の結果、不妊の原因となる症状が見つかった場合、薬や手術による治療が行われます。

一方、不妊につながる症状が見つからなかった場合などは、受精を補助するための治療を段階的に行います。
一般的には、はじめに、
▽排卵日を予測し、性交のタイミングを指導する「タイミング法」や、
▽薬や注射で排卵を促す「排卵誘発法」がとられます。

さらに不妊が続いた場合は、
▽精液を採取して良好な精子を取り出し、妊娠しやすい時期に子宮内に注入する「人工授精」が行われます。
それでも効果が無かった場合は、
▽精子と卵子を体外で受精させて受精卵を子宮に戻す「体外受精」が行われます。

公的保険の適用 一部の治療に限られる

このうち公的保険が適用されているのは、
▽検査のほか、
▽薬や手術による治療、
それに
▽「タイミング法」と
▽「排卵誘発法」などです。

一部の治療に限られていて、段階が進んだ
▽「人工授精」や
▽「体外受精」は適用外です。

金銭的負担から治療を継続できず、妊娠をあきらめる人も少なくないということです。

また、こうした治療は通院回数が多くなり、心身にも負担がかかることから、仕事との両立が大きな課題となっていています。

厚生労働省が2017年に行った調査では、不妊治療を経験した人のうちおよそ6人に1人にあたる16%が不妊治療を理由に仕事を辞めているということです。

自治体によっては独自の支援制度も

不妊治療のうち公的保険が適用されておらず、費用が高額な「体外受精」は顕微鏡を使って精子を卵子に注入する「顕微授精」も含め、国による助成制度があります。

ただ、
▽対象となる年齢は妻が43歳未満となっているほか、
▽所得は夫婦で730万円未満と制限があります。

現在、新型コロナウイルスの感染防止のため、治療の延期を余儀なくされるケースも出ていることから、年齢の要件は44歳未満に緩和する特例措置を取っています。

こうした中、自治体の単位では経済的な支援が行われています。

このうち、東京都では昨年度から、
▽所得制限を905万円未満までに引き上げたほか、
▽事実婚も対象としています。

東京都によりますと、昨年度の助成件数は前の年度に比べ、およそ5%増えたということです。

また、東京 港区では所得制限を設けずに、区として助成を行っているということです。

このほか埼玉県は、
▽2人目以降も助成の対象としているほか、
▽35歳未満の早期不妊治療に対しては最大で10万円を追加で助成するなど、独自の支援制度を進めています。

不妊治療の経験者は

神奈川県に住む阿部五月さんは、歯科医師として働きながら、人工授精や体外受精などおよそ3年間の不妊治療を経て、5年前に妊娠、出産しました。

体外受精の費用、35万円に加え、検査や診療費などをあわせると、治療費は合わせて100万円以上にのぼったということです。

妊娠するかどうかの焦りと、金銭面の不安とで、肉体的にも精神的にも不安定になったという自身の経験から、不妊治療への保険適用を拡大する方針については、歓迎しているといいます。

阿部さんは「当時は、なかなか妊娠できなかったので精神的につらかったです。悲しみと焦りに加え、高額な医療費。自分の身体が不妊治療のタイミングだからといって仕事を休むのは難しく、辞めることも考えましたが不妊治療がいつまで続くのか、金銭面の不安から仕事を辞めるにもやめられないという現状もありました。高額な治療費で治療を諦めている方もいらっしゃると思うので、保険適用はチャンスが広がるという意味ですごくいいことだと思います」と話しています。

一方で、阿部さんは
▽病院や治療方法などに関する情報が不足している現状の改善のほか、
▽休暇を取りやすいよう不妊治療に対する職場の理解など、
保険適用以外にも解決すべき課題は多いと話しています。

“仕事と治療 両立できる支援策を”

また、別の不妊治療経験者も、保険適用の拡大を歓迎する一方、正社員として仕事を続けられなかったという経験から、仕事と治療を両立できるような支援策も合わせて必要だとしています。

東京都に住む20代の女性は、「人工授精」や、顕微鏡を使って精子を卵子に注入する「顕微授精」などおよそ2年間の不妊治療を経て、現在、妊娠4か月です。

不妊治療を始めた当時、女性は正社員として働いていましたが、職場に不妊治療について話すことができず、不妊治療のための通院と仕事の両立が難しくなったことから、治療を始めてから1年ほどで退職しました。

しかし、不妊治療の費用が高額だったことから、パートとして働きながら病院に通っていたということです。

今後、2人目の出産に向けて再び、不妊治療を受ける可能性もあることから、不妊治療への保険適用の拡大を歓迎する一方、これまでの経験から、仕事をしながら治療を続ける人への社会的な支援策も必要だと感じています。

女性は「前の職場では『20代とまだ若いから不妊治療までしなくてもすぐ授かる』という感じの雰囲気があり、誰にも相談できませんでした。治療を続けていくにつれてどんどん費用が高額になっていくので、家計的にもつらかったです。治療との両立をしながら仕事を続けられるよう、社会的にも不妊治療への理解を広める支援策があるといいと思います」と話しています。

厚生労働省 実態把握へ調査研究

不妊治療の負担軽減はこれまでも政府が掲げてきた課題です。

ことし5月にまとめられた政府の少子化対策の指針「少子化社会対策大綱」にも、公的医療保険を広く不妊治療に適用することが盛り込まれています。

これを踏まえて厚生労働省は、現在行っている助成に加え、効果が明らかな治療などに対しては保険適用を拡大することを検討するとしています。

厚生労働省は、検討に先立って実態を把握するための調査研究をすでに進めていて、不妊治療を行っている全国の医療機関を対象に治療の件数や費用について調査しています。

今年度中にまとまる調査結果を踏まえて、具体的な検討を始めることにしていますが、「不妊」の内容は人によってさまざまで、どこまでを病気の治療とみなすかの整理が必要だという指摘も上がっています。こうした検討や取り組みは、菅総理大臣の方針を受けて加速することも予想されています。

田村厚生労働相「なるべく早く保険適用できるよう努力」

田村厚生労働大臣は、菅総理大臣と面会したあと記者会見で、「不妊治療について、菅総理大臣からは、『今ある助成制度についても、大幅に増額してほしい』ということだったので、早急に検討したうえで、保険適用までの間も負担軽減が図れるよう進めていきたい。保険適用のためには、手法など、どういうものに適用していくかも慎重に議論していかないといけないが、なるべく早く保険適用ができるよう努力したい」と述べました。

日本医師会 中川会長「ルールの整備必要」

日本医師会の中川会長は記者会見で「重い費用負担に悩む当事者には非常に朗報だ」としたうえで、専門家を交えて議論し、何歳までを対象とするかなどのルールを整備する必要があるという認識を示しました。

この中で中川会長は、菅総理大臣が打ち出している不妊治療への公的医療保険の適用をめぐって「不妊治療は、経済的な負担が大きいのが現実で、重い費用負担に悩む当事者にとっては、非常に朗報だ。少子化対策への菅総理大臣の思いは非常にすばらしい」と述べました。

そのうえで「不妊治療の有効性や安全性がどうかや、何歳までを対象とするかなどのルールを整備する必要がある。一気に保険適用ではなく、専門家などと十分議論を行い、合意形成をしたうえで進めてほしい」と述べました。