大相撲7月場所 元大関 照ノ富士が5年ぶりの復活優勝

大相撲7月場所 元大関 照ノ富士が5年ぶりの復活優勝
大相撲の大関経験者で今場所幕内に復帰した照ノ富士が、7月場所千秋楽の2日、関脇 御嶽海に勝って13勝2敗とし2回目の優勝を果たしました。照ノ富士の優勝は、平成27年夏場所以来、およそ5年ぶりです。
大相撲7月場所は、8月1日の14日目を終えて、前頭17枚目の照ノ富士が2敗で単独トップに立ち、新大関 朝乃山と正代、御嶽海の両関脇の3人が、星の差1つで追う展開でした。

千秋楽の8月2日、照ノ富士は御嶽海に勝って13勝2敗とし、平成27年夏場所以来となる2回目の優勝を果たしました。

大関経験者の照ノ富士は、ひざのけがや糖尿病などのため平成29年の名古屋場所からの10場所中、9場所を休場し、一時は大関から序二段にまで番付を下げていました。

それでも、けがや病気の回復に伴い、少しずつ稽古を再開して番付を戻し、今場所はおよそ2年半ぶりに幕内に復帰して力強く前に出る相撲で白星を重ねていきました。

特に13日目、1敗で並んでいた朝乃山に対して、得意の左上手を取って堂々と寄り切った相撲には、培ってきた四つ相撲の技術と大関時代を思わせる力強さが感じられました。

大関経験者が関脇以下に番付を下げて優勝するのは、昭和51年秋場所の魁傑以来、44年ぶりです。

“横綱候補”が序二段まで… “復活”優勝の軌跡

照ノ富士は、モンゴル出身の28歳。

モンゴルから来日して強豪の鳥取城北高校に入学し、その後、間垣部屋に入門しました。

平成23年5月の技量審査場所で若三勝のしこ名で初土俵を踏み、間垣部屋の閉鎖に伴って伊勢ヶ濱部屋に移籍したあと、しこ名を今の照ノ富士に改めました。

体重およそ180キロの恵まれた体格を生かした力強い四つ相撲でぐんぐん番付を上げ、平成26年の春場所に新入幕を果たし、関脇だった平成27年の夏場所には12勝3敗で初めて優勝しました。

初土俵から25場所目での優勝は、年6場所制となった昭和33年以降、幕下付け出しの力士を除いて歴代3位のスピード記録で、場所後に大関に昇進し横綱候補として期待されました。

平成29年春場所では新横綱だった稀勢の里と千秋楽まで優勝を争い、優勝決定戦の末に敗れた相撲はファンに強い印象を残しました。

しかし、ひざのケガや糖尿病などから稽古のできない状態となり、平成29年名古屋場所から4場所連続で休場して、その年の九州場所には2年間務めた大関の地位から陥落しました。

さらに平成30年夏場所からも5場所連続で休場し、平成31年の春場所には序二段にまで番付が下がりました。

大関経験者が幕下以下に陥落するのは、昭和以降では初めてのことで、一時は引退も考えたということです。

それでも、師匠の伊勢ヶ濱親方に説得されて思いとどまり、けがや病気の回復に伴って少しずつ稽古を再開し、再び番付を上げて、ことしの初場所には十両に、今場所は幕内に復帰していました。

前頭17枚目、幕尻で臨んだ今場所は、大関時代を思わせる持ち味の力強く前に出る安定した相撲で白星を重ねていき、およそ5年ぶりとなる優勝で復活を強く印象づけました。

照ノ富士「続けてきてよかった」

今場所から幕内に復帰し、およそ5年ぶりの復活優勝を果たした照ノ富士は「続けてきてよかったなと思う。いろいろなことがあったが、最後にこうやって笑える日が来ると信じてやってきた。一生懸命やったらいいことがあると思っていた」と心境を話しました。

2日の御嶽海との一番については「やってきたことを信じて、前向きにやりました」と振り返りました。5年前の優勝との違いについては「前はイケイケのときに優勝した。今は慎重に1つのことを集中してやっている」と表現しました。

今後については「今場所と同じように一日一番、自分の全力を出し切って、やれるところまでやりたい」と意気込みを話していました。

八角理事長「戻ってすぐの優勝はすばらしい」

日本相撲協会の八角理事長は、優勝した照ノ富士について「元大関が序二段で相撲を取るのは、なんとも言えない思いがあったと思うが、それを踏まえてよく戻ってきた。まだ力は元に戻っていない中で、こんなに早く優勝するとは本人も考えていなかったと思う。戻ってすぐの優勝はすばらしい」とたたえました。

一方、新大関で12勝をあげた朝乃山については「新大関としては合格だ。前半は出来すぎのところもあったが、自分のことで精いっぱいの中で最後は横綱・大関が休場していろいろな重圧がのしかかった。優勝はできなかったが、大関として乗り切った」と評価しました。

そして、およそ半年ぶりに観客を入れて開催した今場所を無事に終えたことについて「ほっとしている。お客さんも感染防止対策をやってくれたし力士も頑張ってくれた。お客さんが拍手で応援してくれて本当にありがたかった」と改めてファンに感謝していました。

伊勢ヶ濱親方「本当によく頑張った」

照ノ富士の師匠の伊勢ヶ濱親方は、「よく頑張ったなと言ってあげたい。ここまで来られるとは思っていなかった。場所前には勝ち越してけがなく終わればいいと思っていたくらいだ。本人は、まだ一生懸命けがと戦っている最中で、本当によく頑張った」と弟子の優勝に感慨深げでした。

伊勢ヶ濱親方は、照ノ富士から「引退したい」と相談を受け、思いとどまるように説得したということで、「けがで負けて終わってしまわないよう、やれることをやって本人も納得できてからと思って説得した。やるだけやって頑張ることが大事だ」とそのときの心境を振り返っていました。

柔道 大野「苦しいときも稽古に来てくれた」

リオデジャネイロオリンピックの柔道で金メダルを獲得した大野将平選手は、7月場所で復活優勝をとげた照ノ富士とは一緒にトレーニングを行うなど以前から親交があります。

大野選手は、「おめでとうございます。相変わらずの眼光の鋭さと怪物ぶりはすばらしかったです。インタビューでの『続けて来てよかった』というコメントがすべてを物語っていると思う。けがや病気で苦しいときも柔道の稽古やトレーニングに来てくれた。すべてを乗り越えての優勝は私たちに勇気や感動を与えてくれた。また落ち着いたら会いましょう」と同学年で友人の優勝を祝福していました。