東京など感染者急増 どうなる?保健所の体制強化 新型コロナ

東京など感染者急増 どうなる?保健所の体制強化 新型コロナ
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日本で新型コロナウイルスの感染が拡大した第一波で、負担が集中し、人手不足が大きな課題となったのが「保健所」です。コールセンターに電話がつながらず、検体の採取や輸送にも時間がかかり、検査の遅れにつながったケースも相次ぎました。東京などで感染者が急増する今、保健所はどのように体制を強化しようとしているのでしょうか。

保健所のいま

今回、私たちが取材したのは東京の北区保健所。9日、都内で新規感染者が200人を超え、北区でも6人の感染が確認されました。職員は電話の対応や、受け入れ先の医療機関の確保などに追われていました。

北区保健所では、感染が拡大した3月には、電話の相談業務や、PCR検査を実施するかどうかの判断、さらに患者の入院先の確保など複数の業務を保健師と医師のわずか5人の職員で担っていました。業務があまりに集中し、体制の強化が喫緊の課題となりました。

区役所や保健所のほかの部署から、必要に応じて20人余りの職員が応援に入ってもらえるように調整。PCR検査の検体の運搬など保健師が担ってきた業務の一部を任せるようにしました。

さらに今、最も戦力となっているのが大学からの支援です。現在は北区の近くにキャンパスがある帝京大学に依頼し、感染者のデータ分析を手伝ってもらっています。

保健所内に専用の部屋が設けられ、公衆衛生を学ぶ大学院生と教員ら4人が毎日、患者の発生届などのデータを入力します。感染者がどの年代に多いのか、患者が発症してからPCR検査を受けるまでに平均でどれくらいかかっているのかなどを分析。現状を把握し、保健所が対策を検討するうえでの重要な資料となっているほか、保健師の負担の軽減にもつながっています。

帝京大学公衆衛生大学院の井上まり子准教授は「保健所の職員は患者への対応で手いっぱいで、統計的な分析まで手が回らないと思います。今の状況をデータで見える化して役に立てれば」と話します。

しかし、保健所の前田秀雄所長は「今後、大きな第2波がきた場合に、今の体制で本当に十分なのか」と感じています。

前田所長は「今できるなかでは何とか体制を整備できたと考えていますが、第二波の大きさによっては、さらなる人材が必要ではと懸念はあります」と話しています。

その理由の1つは業務の中核を担う「保健師」の拡充が難しいことです。

濃厚接触者を特定するための患者への聞き取りや、感染経路を特定する調査など、中心的な業務は感染症の専門知識と経験のある「保健師」が不可欠だといいます。

北区では現在、新たな増員を含めて9人の保健師を配置。全国の自治体の中でも比較的充実していますが、さらなる拡充は簡単ではないといいます。

前田所長は「区内でも感染者が増え始め、現場は緊張しながら業務にあたっています。感染症の知識や経験のある保健師は、どこの自治体もほしいので簡単に確保できません。保健師の確保は最大の課題だと思っています」と話しています。

最大の課題「保健師の確保」

保健所が直面する最大の課題とも言われる「保健師の確保」。

その現状を知るために、私たちは保健師や看護師の人材を自治体などに紹介する日本看護協会を取材しました。

協会では、4月から6月にかけて全国の自治体や医療機関などから1600件を超える求人が殺到しました。

離職中の保健師や看護師などおよそ5万人に復職を求め、先月29日までにおよそ1000人が現場に復帰しましたが、そのうち保健師は138人とどまりました。

紹介業務の実務を手がける東京都看護協会の「ナースプラザ」。4月以降、保健師や看護師15人が都内の6つの保健所で発症者の相談にあたるコールセンターなどの業務に就きました。

東京都ナースプラザの佐藤浩子所長は「保健所の人材はそれぞれの自治体が定期的に採用しているので、これまで私たちのところに求人が来たことはほぼありませんでした。保健所の業務がひっ迫しているという実情は私たちにもひしひしと伝わってきました」と話していました。

難しい保健師の確保。保健所などで業務が集中し負担が増しているという声は、10年以上前からあがっていました。

日本看護協会が平成22年に自治体に勤める保健師、1万8000人余りに行った調査では、およそ71%の人が「日々の業務に追われ、事業の評価や見直しができない」と答え、およそ67%の人は「対応するケースや業務が複雑・困難になっている」と答えています。

保健所など自治体で働く保健師の人数は少しずつ増加し、10年前に比べて10%余り増えましたが、それでも業務の拡大に追いついていないと指摘されています。

日本看護協会の鎌田久美子常任理事は「保健所の根幹とも言うべき感染症の対策に対しどこかで自治体に油断があったと指摘せざるをえない。保健所機能が崩壊しないよう人材確保が喫緊の課題になっている」と話しています。

専門人材 なぜ足りない?

専門家などによりますと、感染症の分野を担う保健師は、大きく2つの理由で十分な人手が確保できない状態にあるといいます。

<理由1 保健所の集約化>
1つは平成の大合併など行政改革による保健所の統廃合です。全国の保健所は、平成4年には852か所ありましたが、ことし4月には469か所とほぼ半減しました。

例えば、東京23区では平成9年度に世田谷区や大田区でそれぞれ4か所あった保健所が1か所に、大阪市も、平成12年度に市内24区の各保健所が統合されて、1か所になりました。

これに伴って感染症の業務に関わる人材も減少したと指摘されています。

<理由2 業務が複雑・多様化>
もう1つは、時代とともに保健所に求められる業務が多様化したことです。

昭和20年代、保健所では結核などの感染症対策が主な業務でしたが、昭和40年代以降は、少子高齢化や生活習慣病、さらに自殺問題など新たな健康課題や社会問題が生じます。

保健所では介護が必要な高齢者や障害者の支援、それに虐待への対応など感染症以外に対応すべき分野が大幅に増えました。

2年前に日本看護協会が行った調査では、保健所や保健センターなど行政に勤める保健師がどの業務に多く携わっているか尋ねたところ、「母子保健」が46.5%と最も多く、次いで「生活習慣病予防」が35.9%だったのに対し、「感染症対策を含む健康危機管理」は12.3%となっていました。

専門家などからは自治体の予算が限られるなか、感染症への対応は優先順位が低くなり、結果的に経験や知識のある保健師が減少したという指摘も出ています。

新型インフルエンザの教訓生かせず

保健所の体制強化の必要性は11年前、新型インフルエンザが流行したあとにも強く指摘されていました。

新型インフルエンザの国の対策を検証する専門家の検討会は、平成22年6月に国への提言を盛り込んだ報告書をまとめています。

この中では、「感染症危機管理に関わる体制の強化」として、「発生時の対応を一層強化することが必要であり、地方自治体の保健所などの組織や人員体制の大幅な強化と人材の育成を進める必要がある」などと指摘していました。

この報告書を受けて、厚生労働省は感染症対策の見直しを進めてきたとしていますが、専門家の中には、抜本的な改善に結び付く対策や人材育成は十分ではなかったという声が上がっています。

専門家「体制強化を急げ」

保健所の実情に詳しい浜松医科大学の尾島俊之教授は、感染症を担う保健師が少ないことについて「保健所の数はこの20年ほどで大幅に減少したうえ、時代とともに保健所に求められる業務が増えた。昔に比べれば今は保健師が感染症に関わる機会もなく、対応できる人員が少ないなかで今回、新型ウイルスが発生し保健所がパンクする事態が起きてしまった」と指摘しています。

そのうえで、「新型インフルエンザでも今回とまさに同じような課題が起こり、保健所を増強すべきとの指摘があったが、人員の拡大や予算をしっかりつけるというところまでは至らなかったと思う。のど元すぎて熱さを忘れてしまったと言えるのではないか」と指摘しています。

再び感染が拡大しつつある今、求められる対策については「各自治体は第1波の時に組んだ応援体制を維持していくこと。またITを使って医療機関と保健所をつなぐ情報システムが動き始めているので、それをしっかり機能させること、さらに保健所だけでなくかかりつけ医などもPCR検査が行えるよう検査体制を整えることが重要だ」としています。

そして、長期的な対策としては「新型インフルエンザの二の舞にならないよう、今回の教訓を生かしてしっかりとした人員体制、組織作りをしていくことが必要だ」と訴えています。