農民工逆流 「世界の工場」中国の現場で何が?

農民工逆流 「世界の工場」中国の現場で何が?
新型コロナウイルスの感染拡大を抑え込んだとして、経済の立て直しにかじを切る中国。しかし、「世界の工場」と言われる南部、広東省では、失業の波が押し寄せていた。農村出身で「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者たちが、仕事を失い故郷に引き揚げる逆流現象が発生。至るところに「工場譲ります」という紙が貼られた地区もあり、不満を訴える抗議活動も起きている。中国の生産現場で何が起きているのか、現場を歩いた。(広州支局長 馬場健夫)

「世界の工場」に広がる失業の波

4月上旬、広東省のある地区で異変が起きていると聞いて、取材に向かった。高層ビルが建ち並ぶ広東省広州の中心部から車で15分。衣料品を生産する町工場が集まる場所だ。

広東省は、中国の衣料品生産の4分の1を占めるとも言われる。中国全土、そして海外に向けて出荷する一大生産拠点だ。
工場が集積する広東省には、中国各地の農村から出稼ぎ労働者が仕事を求めて集まる。今回訪れたのは、新型コロナウイルスの感染が最も深刻だった湖北省出身の人たちが多く住む「湖北村」と呼ばれる地区だ。
通りは、仕事を求める労働者であふれかえっていた。仕立て代が1着180円程度のシャツの縫製作業に、大勢の人が群がっていた。仕事を探す人たちは、みな疲れた表情。

ある男性は、こうぼやいた。
「例年より仕事が少なく、単価も安い。よい仕事が見つからない」
道端には、町工場の営業担当者たちも注文を求めて座り込んでいる。手にする看板には「顧客募集。シャツ、ワンピース作れます」などのことば。しかし、注文にやってくる顧客の姿は、ほとんどない。

出稼ぎ先に戻ったものの…

仕事にあぶれていた人の多くは、感染拡大を防ぐためにとられた移動制限が緩和されたあと、広東省に戻ってきた人たちだ。

中国政府は、湖北省でことし1月以降、人々の移動を厳しく制限した。その後、3月下旬に制限を緩和。経済活動の再開にかじを切ろうと、専用の列車やバスを出して、旧正月の春節の休暇で帰省したままになっていた農民工の職場復帰を推し進めた。

しかし、職場に戻った農民工を待っていたのは、仕事がないという皮肉な現実だった。中国では、感染拡大の影響で国内の消費が低迷。その後、感染が世界的に広がったことで、海外からの需要も減少した。

中国政府が、製造業3000社を対象に行った4月の調査では、海外からの受注に関する指数は、前の月と比べて12.9ポイントも悪化。こうした受注の減少による打撃が、広東省の工場を直撃しているのだ。

農民工の「逆流」

取材を始めてから2週間後の4月下旬。「湖北村」の状況は悪化していた。

午後8時、湖北省へ向かう長距離バスの停留所は、荷物を抱えた多くの人であふれかえっていた。仕事を失った人たちが、続々と故郷へ引き上げていく。ミシンを抱えた人も目立つ。
バスのトランクには大量の荷物が詰め込まれ、バス会社の担当者が足で蹴って押し込んでいた。この担当者によると、春節の帰省ラッシュ以外では、これほど多くの人が故郷に帰る様子は、見たことがないという。

バス停にたたずんでいた小柄な男性に声をかけた。湖北省出身の50代の熊さん。この村で、2、3年前から海外向けの服を作る工場で働いてきた。

移動制限が緩和された後、3月下旬に工場に戻ったが、仕事はなくなっていた。臨時の仕事も探したが、数日しか働けず、故郷に帰ることにしたという。
熊さん
「湖北省で隔離生活をしていた時は、早く出稼ぎに出たいと思っていたが、出てきたら仕事がなかった。家賃も払えず、ここでは生きていけない。家には妻や子どももいるので、稼げずに帰るのはつらいが、どうしようもない」
農民工の人たちが乗り込んだのは、2段ベッド構造の大型バス。車体には「復工復産(操業と生産の再開)」という、政府のスローガンが大きく掲げられていた。彼らが3月下旬以降、広東省へ戻る際に乗ってきたバスだった。
湖北省まで16時間。およそ1000キロの道のり。この夜は5、6台が出発していった。

熊さんも「ことしはもう戻らない」と言い残して、去っていった。

「工場譲ります」の貼り紙を訪ねて

さらに、2週間後の5月中旬。「湖北村」の町工場にも、変化が起きていた。通りを歩くと、「工場譲ります」と書かれた紙が、至るところに大量に貼られていた。その1つに、電話をして訪ねた。
日の当たらない狭い路地裏の先にあった、雑居ビルの1室。ミシンを踏む夫婦がいた。湖北省出身の20代の徐さん夫婦だ。

6畳ほどの部屋が2つあり、作業場と生活スペースとして使っている。ことしは例年に比べ、仕事量が3割以上減り、仕立て代も2、3割安くなったという。

家賃の負担がかさむ中、譲渡先が見つけられずにいた。見つかり次第、子どもの待つ故郷に帰るつもりだという。
徐さん
「故郷より生活費も高いし、家賃も下げてくれない。どうすればいいのか分からない。湖北村の半分は、もう故郷に帰ったのではないか。心理的な負担が大きすぎて、白髪が生えてきた」
徐さんの妻は、久しぶりに会えるという子どもの写真を、スマートフォンで見せてくれた。しかし、故郷に帰った後、仕事の当てはないという。
徐さんの妻
「子どもには会いたいが、収入のことを考えると、とても不安だ。今後、どこで生活を築いていけばいいのか分からない」

失業者は7000万人超?

中国の生産現場に押し寄せる失業の波は、「湖北村」にとどまらず、広東省の各地に広がっている。世界的な感染拡大による受注の減少は、中国経済のV字回復どころか、働く人の生活の基盤そのものを脅かし、不安が広がっている。
習近平指導部は5月、重要政策を決める全人代=全国人民代表大会を2か月遅れで開催したが、例年示してきた経済成長率の数値目標を示せなかった。世界的な感染拡大の影響が、読み切れなかったからだ。

その一方、雇用対策を徹底する方針を繰り返し強調した。雇用の問題を放置すれば、労働者の不満が高まり、その矛先は政府にも向かいかねないという危機感を持っているからだろう。
一部の地域では、すでに不満を訴える抗議活動も起きている。香港メディアは、「湖北村」でも、4月中旬に町工場の人たちが賃料の値下げなどの支援策を求めて、地元政府への抗議デモを行ったと伝えた。

関係者から提供を受けた映像には、「賃料を下げろ!」とシュプレヒコールを上げて多くの人が通りに繰り出し、一部の参加者が警察に拘束される様子が写されている。

中国政府が発表している都市部の失業率には、故郷に引き揚げた農民工は含まれていない。中国のシンクタンクの専門家によれば、中国全土の実際の失業率は20%余り、失業者は7000万人を超えるという推計もある。

「世界の工場」と言われてきた広東省で、生産を支えてきた農民工たちは工場に戻ることができるのか、先行きは見通せない。
広州支局長
馬場健夫
平成19年入局
秋田局、名古屋局、国際部を経て現職