新型コロナ感染拡大 紛争地で人道的危機深まる

新型コロナ感染拡大 紛争地で人道的危機深まる
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、戦闘が続く紛争地では、ただでさえ医療環境や食糧の供給態勢などがぜい弱な中、感染拡大が深刻化したり、家を追われた避難民への支援が滞ったりして、人道的な危機が深まっています。
新型コロナウイルスの感染は紛争地にも広がっていて、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の13日午後1時時点のまとめによりますと、アフガニスタンで2万3546人の感染者が確認されているほか、中東の紛争地ではイエメンで632人、リビアで409人、シリアで164人となっています。

ただ、紛争地では現地の医療や検査態勢がぜい弱なため、感染の実態はよく分かっていません。

このうち、5年以上にわたって内戦が続くイエメンでは、医療機関の半数が内戦の影響で機能しておらず、検査機器や人工呼吸器なども不足していることから医療崩壊の状態にあり、南部の都市アデンでは新たな墓地の建設が始まるなど、統計以上に感染拡大が深刻化しているとみられています。

また、同じく内戦が続くシリアでは、世界的な経済への影響で外国からの支援やNGOへの寄付金が減り、戦闘で家を追われた避難民への食糧支援が大幅に縮小されるなど、食糧難にも拍車がかかっています。

国連は戦闘ではなく、ウイルスとの闘いを優先すべきだとして停戦を呼びかけていますが、紛争地の多くで戦闘が続いていて、感染拡大によって人道的な危機が深まっています。

イエメンでは医療崩壊も

中東のイエメンでは5年以上にわたる内戦の影響で、現地の医療環境が悪化する中、新型コロナウイルスの感染が広がり、深刻な医療崩壊を招くなど、さらなる感染拡大が懸念されています。

イエメンではサウジアラビアなどが支援するハディ政権と、イランが支援する反政府勢力フーシ派などとの間で内戦が泥沼化しています。

内戦の影響でもともとあった医療機関の半数が機能しておらず、薬や医療器具も慢性的に不足する中で、新型コロナウイルスの感染が広がりました。

アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のまとめでは、イエメンでの感染者は630人余り、死者はおよそ140人ですが、検査態勢が十分でないため、実態は分かっておらず、統計以上に感染者や死者が出ているとみられています。

このうち、南部の主要都市アデンでは、1日に埋葬される人の数が感染が広がる前と比べて8倍程度に上るとされ、空き地には新たな墓地が次々とつくられています。

アデンの住民で先月亡くなった、ヒシャム・アウラキさん(32)は、1歳半になる男の子がいて、妻は妊娠中でした。

肺炎の症状が出たものの、検査や病院での治療を受けられず、自宅で症状が悪化していったといいます。

自宅で看病を続けてきた兄のヤセルさんは「複数の病院から、対応ができず、人工呼吸器もないため、新型コロナウイルスの患者は受け入れられないと断られました。最終的に一つの病院に受け入れてもらいましたが、間に合いませんでした」と無念そうに話していました。

アデンでは5月上旬に国際的な医療援助団体「国境なき医師団」が、新型コロナウイルスの患者を受け入れる40床余りの臨時の病院を設けましたが、満床状態が続いています。

また、人工呼吸器が不足しているほか、必要な酸素の供給も滞っているため、重篤な患者を診ることができるのは6床ほどにかぎられていたというです。

この病院で3週間ほど治療に当たったハイリル・ムーサ医師は「すでに重症化したあとで搬送されてきて、助けられない患者が多かったです。常に何百もの酸素ボンベが必要な状況で、すぐになくなってしまいます。誰に人工呼吸器をつけるのか、厳しい判断に直面しました」と話していました。

国境なき医師団でイエメン全体の支援を統括するクレール・アズオン代表は、医療崩壊は各地で起きており、全土に感染が広がっていると指摘しています。

ただ、世界的な感染の拡大で、紛争地での医療支援を強化するのは容易ではないと危機感を募らせています。

アズオン代表は「私たちの医師たちは母国での対応に忙しく、イエメンに駆けつけることができません。すでに多くの医療従事者が感染し、何人かは亡くなっています。空爆よりもコロナのほうがおそろしいのが実情で、最前線の医師を守るために、国際社会は防護用の器具や薬を共有することに協力してほしい」と話していました。

新型コロナは内戦続くシリアでも人道危機に拍車

内戦が続くシリアでは、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、戦闘によって家を追われた避難民などへの支援にも影響が出て、人道的な危機に拍車をかけています。

このうち、反政府勢力の最後の拠点となっている北西部では、去年12月ごろからことし3月にかけて、アサド政権側の激しい空爆などによって、一時は100万人近い人が家を追われました。

今も数十万人が国内避難民として、キャンプなどでの避難生活を余儀なくされ、NGOなどの援助団体からさまざまな支援を受けてきましたが、それが十分に届かない事態に直面しています。

シリアで活動するNGO「シリア・チャリティー」は、北部を中心に避難民への食糧配布のほか、子どもたちを対象にした学校や孤児院の運営などの支援活動を続けてきました。

活動のための資金の大半は、フランスに住むシリア人からの寄付でまかなってきましたが、新型コロナウイルスの影響による経済の低迷で、寄付が大幅に落ち込みました。

去年は1年間で30万ユーロ(3600万円)ほどの寄付があったということですが、ことしはこれまでの半年間で3万5000ユーロしか集まっておらず、去年の10%程度にとどまっています。

このため、支援の大幅な削減を余儀なくされ、毎月2000世帯以上に上った食糧配布が、今では500世帯に配るのが精いっぱいで、食糧を保管する倉庫は、ほぼ空という状況が続いています。

さらに、現地通貨の暴落で食糧の価格が高騰していて、主食であるパンの値段が以前の倍以上に跳ね上がり、孤児を対象にした食事の配給もままならないということです。

NGOで避難民の支援を担当する、モハメド・ジャダーンさんは「資金の不足で、避難民の人たちが求める支援を届けられなくなっています。もし、このまま支援が止まってしまったら、悲劇的な状況になり、深刻な人道危機に陥ります」と話していました。

このNGOから支援を受けていたムスタファ・アムリーシュさん(33)の一家は、政権側の空爆が激しくなったことし2月に、シリア北部のアフリンに逃れてきました。

妻のファトマさん(29)と幼い子どもたち3人とともに、窓ガラスすらない未完成の建物の中で暮らしています。

NGOからの食糧支援を受けられなくなり、今は周辺の店に頼み込み、料金をあとで払う約束で食糧を確保するなどして飢えをしのいでいます。

ただ、避難生活を強いられ仕事を失ったムスタファさんに支払いのめどはたっておらず、今後、子どもたちを食べさせていけるのか不安を抱えています。

また、新型コロナウイルスの影響は、足に障害があり外科手術を受ける必要がある5歳の娘、リタジュちゃんの治療にも暗い影を落としています。

手術を受けるには、医療設備が整った隣国のトルコに行く必要がありますが、感染防止の対策で国境が閉鎖され、連れて行くことができずにいます。

手術は、リタジュちゃんが6歳になる半年後までに受ける必要があるということで、いつ国境が開くのか、不安を募らせています。

ファトマさんは「空爆や砲撃を経験し、今度は新型コロナウイルスです。私たちは、ただ普通の生活がしたいだけです。子どもたちから何も奪うことなく、望むものを与えてあげられる生活を送ることが私の夢です」と話していました。

専門家「各国が協力していくしかない」

世界の紛争問題に詳しい東京外国語大学の篠田英朗教授は、紛争地で新型コロナウイルスの感染が広がることについて、「感染症対策が重くのしかかることで、医療体制の崩壊や統治機構の弱体化を招きかねない。一方で、こうした事態に乗じて勢力拡大をねらう勢力もいると考えられる。感染拡大が続けば紛争の構図はさらに複雑化し、周辺国などを巻き込んで悪化することも懸念される」と分析しています。

また、紛争地をめぐる国際社会の動向については、「アメリカと中国の対立が激化しているほか、紛争地を支援してきたヨーロッパ諸国も自国の感染対策に追われ、十分な支援ができなくなっている。こうした状況の中で、国連の安全保障理事会などが有効的な対策を打ち出せていない」と指摘しました。

そのうえで「日本を含め、各国は限られた予算や環境のもと、感染を食い止める有効的な方法を模索し、協力していくしかない」と話しています。