中国全人代開幕 李首相 年間成長率目標発表せず 新型コロナ

中国全人代開幕 李首相 年間成長率目標発表せず 新型コロナ
中国で、重要政策を決める全人代=全国人民代表大会が始まり、李克強首相は、新型コロナウイルスの感染拡大で経済に大きな影響が出ていることを受けて、例年打ち出している年間の経済成長率の数値目標をことしは発表しませんでした。中国政府が全人代で経済成長率の数値目標を示さないのは、1990年代以降、初めてです。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、2か月半遅れて北京の人民大会堂で開幕した全人代には、習近平国家主席をはじめ3000人近い代表らが出席し、冒頭、全員で黙とうをささげ、感染で亡くなった人たちに哀悼の意を示しました。

続いて、李克強首相が政府活動報告を行い、新型コロナウイルスの感染拡大について、「習主席を核心とする指導部の力強い指導のもと、対策は大きな戦略的成果を収めている」と成果を強調しました。

その一方で、「感染症対策の中で多くのぜい弱な部分が表面化し、国民の一部の意見と提案を重視すべきである」と述べ、政府の対応に不十分な点があったことを認めました。

また、例年全人代で打ち出している年間の経済成長率の数値目標について、「予測困難な影響の要因に直面している。経済成長率については具体的な年間目標を提示しない」と述べました。

中国政府が目標の提示を見送るのは、全人代で年間の成長率目標を示すのが一般的となった1990年代以降、初めてです。

そのうえで、新型コロナウイルス対策を実施するための特別国債を、日本円でおよそ15兆円規模で発行するほか、地方がインフラ事業などに使う債券の発行枠も去年より大幅に拡大し、56兆円余りとするなど、積極的な財政政策で落ち込んだ景気を下支えしていく方針を打ち出しました。

一方、李首相は、抗議活動が続く香港について、「国家の安全を守るための法制度と執行メカニズムを確立しなければならない」と述べ、今回の全人代で治安維持のための法整備を進める考えを示しました。

また、台湾について、「独立をもくろむ分裂の行動に断固反対し、食い止めなければならない」と述べ、中国が台湾統一の方法としてふさわしいとしている「一国二制度」を拒否する蔡英文政権をけん制しました。

さらに、新型コロナウイルスへの対応について、「各国とともに感染症対策の協力を強化し、国連を中心とする国際体系を守る」と述べ、引き続き、WHO=世界保健機関と協力して対策を進める考えを強調し、WHOを非難するアメリカを暗に批判しました。

成長率目標提示せず 背景は

今回の全人代では、例年打ち出している年間の経済成長率の数値目標を発表しませんでした。

中国経済は、ことし1月から3月までの第1四半期のGDPの伸び率が、マイナス6.8%と、四半期ごとのデータが公表されている1992年以降、初めてマイナスとなっています。

成長率の目標を提示しなかった背景には、大きな打撃を受けている国内経済の現状に加えて海外でも感染が拡大したことで世界的に景気の先行きが見通せないことがあります。

李克強首相は、22日の政府活動報告の中でも、景気の見通しについて「世界経済の衰退が深刻化し、国内の消費・投資・輸出が減少して、雇用情勢の厳しさも顕著になっている」と厳しい認識を示しました。

さらに、政府活動報告に盛り込まれた雇用関連の指標では、新規の就業者数の目標を900万人と去年よりも200万人引き下げたほか、都市部の調査失業率の目標も6%前後と、去年より0.5ポイント悪化していて、習近平指導部が重視する雇用についても慎重な見方をしています。

全人代で提出された経済発展に向けた計画では、「目標を示さないからと言って成長が不要なわけではない」としているものの、習近平指導部は極めて難しい経済運営を迫られています。

経済対策のポイントは

22日の政府活動報告で李克強首相は、落ち込んだ景気を下支えするため、積極的な財政出動を行う方針を打ち出しました。

政府の財政赤字を拡大して、1兆人民元、日本円でおよそ15兆円支出を増やすほか、ウイルス対策を実施するための特別国債も1兆人民元発行し、2つを合わせた30兆円規模の支出は、すべて地方政府の景気対策などに使われるとしています。

さらに、地方政府がインフラ投資などに充てるための債券の発行枠も、3兆7500億人民元、日本円で56兆円余りと、去年より1兆6000億人民元増やして大幅に拡大します。

こうした資金を活用して、次世代の通信規格「5G」や電気自動車の充電スタンドを普及させるなどして、インフラ整備と同時に新たな需要の開拓も行うほか、古い公共住宅の改築や鉄道の整備など生活の向上にもつなげるとしています。

また、中小・零細企業を支援するため減税や社会保険料の引き下げなどを実施し、2兆5000億人民元、37兆円以上の負担が軽減されるとしています。

新型コロナで異例の対応も

ことしの全人代は、取材できる記者の数が例年より絞られ、多くの記者会見がオンライン上で行われるほか、人民大会堂やプレスセンターに出入りする全人代の代表や記者にはウイルス検査が義務づけられています。

全人代では毎年、国内の記者およそ2000人、外国の記者およそ1000人が取材の許可をとりますが、中国メディアによりますと、今回は人数が数百人程度に絞られているということです。

新型コロナウイルスへの対策が続くなか、取材現場で記者が密集するのを避けるための措置とみられます。

さらに、プレスセンターへの入場が許可されるのは、中国政府が招待した記者に限られ、残りの記者は、特設サイトで記者会見の動画を確認したり、資料をダウンロードしたりするしくみになっています。

全人代の代表らの記者会見は、プレスセンターにいる記者と、ネットでつなぐ形で行われ、代表はオンライン上で受け答えを行います。

プレスセンターに入る記者は、別の場所でウイルス検査を受けることが義務づけられ、取材の9時間前に検査の場所に来るよう指示されるケースも出ています。

一方、全人代の3000人近い代表に対しても、人民大会堂に入る前にウイルス検査が行われており、中国メディアは河南省の代表について、北京に入る前と宿泊先のホテルに到着後の合わせて2回検査が行われ、全員が陰性だったと伝えています。

専門家「雇用や金融の安定が最重要課題」

中国経済に詳しい大和総研の齋藤尚登主席研究員は、全人代で中国政府が経済成長率の数値目標を発表しなかったことについて、「中国国内では新型コロナウイルスのぶり返しが常に懸念され、海外需要でも当面は大変厳しい状況が続く。不確実性が高く、目標の設定ができなかったと見るのが正しいだろう」と分析しました。

また、景気を下支えするための財政出動の規模が予想よりも低い水準だったと指摘し、「『完全に』というより『慎重に』アクセルを踏むような感じがする」と述べました。

背景について、リーマンショックのあと中国政府が行った大規模な財政出動によって、債務の拡大などの副作用が生じたことを例に挙げ、「当時の二の舞になることを避けるためにも、高い成長を追わないことが将来的な債務の増加や金融リスクの増大の可能性を低めると判断したのではないか」と評価しました。

そのうえで齋藤主席研究員は「とにかく今、中国政府がやらなければいけないのは、大量の失業者を出さないことと金融危機が起きないようにすることだ」と述べ、雇用や金融の安定を守ることが、中国政府にとって最重要の課題だという認識を示しました。

マスク外交を本格化

中国は新型コロナウイルスの国内の感染が「ピークを過ぎた」と発表したことし3月以降、世界各国に大量の医療物資や医師団を送る「マスク外交」を本格化させました。

このうち、中国が巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げて関係を深めようとしているヨーロッパでは、急速に感染が広がったイタリアのほか、ギリシャやバルカン半島諸国などにいち早くマスクなどの医療物資が届けられました。

また、WHOの年次総会で習近平国家主席が途上国への支援先として挙げたアフリカには今月以降、ジンバブエに医師団を派遣しているほか、ルワンダやモーリタニアにも医療物資を送っています。

中国政府は先月10日の時点で、127か国に医療物資を送ったと発表しています。

また、中国国営の新華社通信によりますと、ことし3月1日から今月16日までに輸出された医療物資は、
▽マスクが509億枚、
▽防護服が2億1600万着、
▽ウイルスの検査キットが1億6200万人分で、総額は1344億人民元、日本円でおよそ2兆円に上るとしています。

一方で、ヨーロッパでは中国から輸入したマスクに不良品が見つかったほか、検査キットの精度が基準を大幅に下回っていたため、返品したり、使用を取りやめたりする動きも相次いでいて、中国政府は輸出向けの医療物資の品質管理を強化するよう指示しました。

こうした中国の「マスク外交」に対しては、中国の初動の遅れや情報の隠蔽が世界的な感染拡大を招いたという批判をかわすとともに、国際社会での政治的な影響力を高めたいねらいがあるという指摘も出ています。

これについて、中国共産党の高官で国政の助言機関、政治協商会議の郭衛民報道官はおとといの記者会見で、「中国が支援を提供するのは誠実な思いからであり、世界の主導権を握ろうとしているという指摘は全く道理がない」と反論しています。