夏の全国高校野球中止 高校関係者の反応は

夏の全国高校野球中止 高校関係者の反応は
夏の全国高校野球の中止が決まったことについて、高校野球の関係者の反応です。

歴代最多勝利 智弁和歌山 高嶋元監督「残念だが しかたない」

甲子園で監督として歴代最多の春夏通算68勝をあげた、智弁和歌山高校の元監督、高嶋仁さんは、「センバツが中止になる中、夏は何とかやってほしいという気持ちがあっただけに残念だが、現状を考えるとしかたないと思う」と話していました。

また地方大会の開催については「選手のモチベーションは下がるかもしれないが、最後に戦って終わるという形にするためにも、ぜひやってもらいたい」と話していました。

そして3年生に対しては「気持ちを切り替えるのは難しいかもしれないが、これまでの厳しい練習で培ってきた強い気持ちを、大学や社会人、それにプロといった次のステップに生かしてほしい」とエールをおくっていました。

春夏計5回優勝 横浜 渡辺元監督「かけることばが見つからない」

横浜高校の元監督で甲子園で春夏合わせて5回の優勝経験がある渡辺元智さん(75)は「センバツが中止なり、夏は必ずやってほしいと思っていたが、ショックだ。甲子園は一回り、二回りも大きくしてくれる特別な場所。甲子園を目指してきた高校球児にはかけることばが見つからない」と話しました。

そして平成10年にプロ野球・西武でプレーする松坂大輔投手を擁して甲子園で春夏連覇を果たしたことを振り返り、「個性の強いチームだったが、松坂の『ワン・フォー・オール』ということばでみんなが一緒になって戦うことができた。改めて甲子園の器の大きさを感じた」と話していました。

そして高校球児に対して、「人生をかけて目標にしてきた甲子園がなくなり、一時は立ち上がれないとは思うが、『野球』の2文字を失ってほしくない。仲間とともに悩みながら立ち直ってほしい」とエールをおくりました。

仙台育英キャプテン「しっかり前を向いて次に進む」

夏の全国高校野球で平成元年と平成27年に準優勝し、ことし春のセンバツ出場も決めていた宮城の仙台育英高校はオンラインでのインタビューに応じました。

須江航監督は「今回、努力を発表する場がなくなったことに関しては、選手たちのことを思うと悔しくて悲しいです。ただ、ここで立ち止まるわけにはいかないし、努力してきたことがむだではないことをこれからの日々で証明していきたいです」と話していました。

またキャプテンの田中祥都選手は「甲子園は憧れの舞台で、そこで野球をしたいと思っていた場所ですが、チームとして以前から中止の可能性についても話し合っていたので、しっかり前を向いて次に進んでいこうという気持ちはあります」と話していました。

春のセンバツで背番号1をつける予定だった向坂優太郎投手は「率直に悲しいですが、どういう判断が下されても受け入れる覚悟はできていました。下の学年に、自分たちの学年の良さを引き継ぐ役割を果たして夏を終わりたいです」と話していました。

作新学院キャプテン「みんなと野球ができないと思うと悲しい」

平成28年に全国優勝を果たし、去年まで9年連続で出場していた宇都宮市の作新学院の小針崇宏監督は「高校球児はこの大会を目標にしてきたため、大会がないことを残念に思う。これから野球をやっていく意味を生徒には伝えていきたい」とコメントしました。

3年生でキャプテンの鈴木蓮選手はオンラインでの取材に応じ、「いまだに中止になったという実感がわきません。もうみんなと野球ができないと思うと悲しい気持ちです。甲子園に出るという目標はなくなってしまったが、作新学院で培った人間力を今後にいかしていきたい」と話していました。

また3年生で野手の横山陽樹選手は「3年生の夏にいままで2年以上一緒にやってきたチームメートと甲子園に出たかったです。今は残念としか言いようがないが、甲子園を目指したことを前向きに捉えて今後につなげていきたい」と話していました。

星稜監督「今はかけることばも見当たらない」

去年夏の甲子園で準優勝を果たした石川・星稜高校の林和成監督は20日午後5時すぎ報道陣の取材に応じました。

林監督は「正式な発表を聞いて、残念だと思ったが命に勝るものはないのでしかたないと思った。中止は苦渋の決断だったと思うので最後までしっかり考えていただいた点は感謝している。去年、あと一歩のところで頂点を逃したので、3年生は頂点をつかもうとずっと練習を頑張ってきた。今はかけることばも見当たらない」と話しました。

そのうえで「選手たちにはどこかで区切りをつけさせて次のステージに送り出したい」と話していました。

愛工大名電監督「中止を乗り越えられるようなことばをかけたい」

夏の甲子園に12回出場している愛知の愛工大名電高校の倉野光生監督は「中止の決定を聞いてもまだ可能性はあるんじゃないか、なんとか大会をやってほしいという思いはあったが、多くの人たちの健康、安全を考えればやむを得ない」と複雑な心境を語りました。

そのうえで、「高校3年間だけではなく野球を始めた頃から甲子園を目指して練習の苦難を乗り越えてきた選手たちに『残念だ、切り替えろ』と言っても簡単では無いが、なんとかこの中止を乗り越えられるようなことばをかけたい」と話していました。

一方、愛知県の高校野球連盟が独自に愛知県大会の開催を目指していることについては「われわれ、現場も協力して、なんとかできるようにしたい。それだけではなく、3年生が次のステージで頑張れるような環境を作って送り出してあげたい」と話していました。

岐阜商監督「代わりになる県の大会を」

県立岐阜商業の鍛治舍巧監督は20日夕方、高校で記者会見しました。

鍛治舍監督は中止はしかたがないとしたうえで、「部活動が自粛の期間も部員たちは自宅や周辺で自主トレーニングをしっかりやってくれて全国でも誇れる野球部だ」と選手たちにことばを贈りました。

そして、「甲子園に代わるものは甲子園しかないが、3年生のためにも代わりになる県の大会をやってほしい」と話しました。

このあと鍛治舍監督は、テレビ会議システムで3年生の選手やマネージャーの一人一人に直接、ことばをかけました。

これに対し、選手たちは「この悔しさを次の舞台で晴らせるように頑張っていきたい」とか、「後輩には同じ思いをしてほしくない」と答えました。

鍛治舍監督は「後輩のことまで思いやるその気持ちがこれからの人生で生きてくる」と声を震わせていました。

龍谷大平安監督「現状を認める、納得する、諦めると伝えたい」

全国で最も多い春・夏合わせて75回の出場を果たしている京都の龍谷大平安高校の原田英彦監督は「ひと言で言えば、残念です。人の心をつかんだり、感動を与えたりと、高校野球には大きな役割があり、夏の選手権中止は非常に重い決断です。3年生に伝えたいことは現状を認める、納得する、諦める。諦めないと次の目標が立てられない、進めない。きついことばかもしれませんが、われわれよりも苦労している人がたくさんいるということを彼らにはわかってもらわないといけません。次に集まるときに実際に選手たちの顔を見て、話したいと思います」とことばを一つ一つ選びながら話していました。

履正社監督「受け入れなければいけない」

去年の優勝校で大会2連覇を目指していた大阪の履正社高校の岡田龍生監督は「夏の甲子園を目標に頑張ってきた選手たちの努力を見ているので残念な気持ちでいっぱいです。センバツが中止になり『夏があるじゃないか』と頑張ってきただけになんとか大会をさせてあげたかったです」と苦しい胸の内を語りました。

一方で、中止の判断については「いちばんに生徒や関係者の安全を守らなくてはいけないという点から出された結論ですので、当然、受け入れなければいけない」と理解を示しました。

そして、大阪府の地方大会開催について「ことしに入って練習試合もできていないのでせめて1試合でも試合をさせてあげたい。大阪は学校数も多く安全対策や日程の確保など難しい部分もあると思いますので、大阪府高野連に判断していただきたい」と話していました。

広島商監督「1人の大人として力不足を感じる」

これまで23回の出場で歴代2位となる6回の優勝を誇る広島商業の荒谷忠勝監督は「球児にとっては最高の舞台であり、甲子園を目標にしているのでつらい練習にも耐えられるところがある。汗や涙を流してでも行きたい場所が、大会すらできなくなり、1人の大人として力不足を感じる」と話しました。

広島商業は去年に続き2年連続での出場を目指していましたが、「大会が開かれるという希望を持って、1日1日できることをやっていこうと選手には声かけしてきた。この夏にかけてきたので、こういう結果になり残念だ」と話しました。

そのうえで今後について、「選手たちが人生の中で、これを糧に生きていけるような声かけをしたい。進路のこともあるので、モチベーションを上げていけるように今後の活動を考えたい」と話していました。

明徳義塾監督「ひと言では言えないが残念でならない」

去年、高知代表として、明徳義塾高校を夏の全国高校野球に導き、ことし春のセンバツでは大会の中止で出場がかなわなかった馬淵史郎監督は「ひと言では言えないが残念でならない」と悔しさをにじませました。

夏の全国高校野球の中止の決定を受けて明徳義塾高校の野球部のグラウンドでは馬淵史郎監督が練習を中断して、選手たちを集めました。そして選手たちを前に「大会の中止が決まった。3年生は親元を離れ最後の夏に自分の力を発揮できる大会がなくなったので残念としかいいようがない。ただ大会がなくなったからといって自暴自棄になったり目標を失ったりしてはだめだ。新しい目標を立てて頑張ってほしい」と述べると、中には目に涙を浮かべる選手もいました。

このあと、報道陣の取材に応じた馬淵監督は「いろいろ思いがありすぎてひと言では言えないが残念でならない。もし感染の拡大の状況が落ち着き授業の日程などが合えば子どもたちにとって最後の区切りになるようなゲームの開催などを考えたい」と話しました。

さらに18歳以下の日本代表の監督として、「大会がなくなりつらい思いをしていると思うがこの経験をどこかで生かしてもらいたい。ここでふんばることが人生においてプラスになる。甲子園だけがすべてじゃないので新しい目標に向かって頑張ってもらいたい」と全国の球児にエールをおくりました。

またキャプテンの鈴木大照選手は「3年生みんなでもう1度甲子園に行きたいという思いがあったのでできるならやりたかった。この高校でよい物を得られたのでこの3年間はよかった」と悔しさをこらえながら話していました。

佐賀北キャプテン「やりたかった気持ちが強いです」

13年前、「がばい旋風」と呼ばれる快進撃で全国制覇を果たした佐賀市の県立佐賀北高校では、休校期間が終わり、先週から練習を再開していました。

キャプテンの久保公佑選手は「新チームになってから夏の甲子園を目標にやってきたので、やりたかった気持ちが強いです。先のことは分かりませんが、これからどうやって一つの方向を向いてやっていくか、チームで話し合おうと思います」と話していました。

また本村祥次監督は「選手たちのことを思うと、かけることばも見当たりませんが、いまは選手たちに寄り添うしかないのかなと思います」と話していました。

佐賀県高校野球連盟は今後、地方大会を独自で行うか、「今月下旬に会議を開き、協議する」としています。