オリンピック 聖火リレー中止 Jヴィレッジでは撤収作業

オリンピック 聖火リレー中止 Jヴィレッジでは撤収作業
東京オリンピックの聖火リレーが26日にスタートするはずだった福島県のJヴィレッジでは式典のために設置されたステージや音響設備の撤収作業が行われました。
聖火リレーのスタートに合わせてJヴィレッジで予定されていた式典は24日夜遅くに中止されることが発表されました。

Jヴィレッジの芝生のグラウンドには、ステージや大型スクリーン、それに、音響設備などの設営がほぼ終わっていましたが、25日は大勢のスタッフが集まり、撤収作業が行われました。
一方、最初のランナーが走る予定だったルートの両脇やステージの前には、人の背丈以上の高さがあるピンクの花が咲いた枝などの飾りつけの作業が行われていました。

延期後の聖火リレーも、Jヴィレッジからスタートすることを期待し、それに向けたリハーサルのためだということです。

東京から観光に訪れていた30代の女性は「福島県内のほかのところも回るなかで、聖火リレーの会場も見たいと思って来ました。走るところも見たかったですが、こういう状況なので中止はしかたないです」と話していました。

直前の中止 自治体は対応に追われる

26日、東京オリンピックの聖火リレーがスタートする予定だった福島県では、直前の中止に、ルートになっていた自治体の担当者が関係者への連絡などの対応に追われています。
このうち会津若松市は2日目の27日、聖火リレーが行われる予定でした。しかし24日夜になって聖火リレーの中止が決まり、市役所では、午前中からスポーツ推進課の担当者が、市の募集したボランティアおよそ120人と、ランナーと一緒に走る予定だった小学5年生20人への電話連絡に追われていました。

会津若松市では、ボランティアなどのために、合わせておよそ35万円をかけておそろいのジャージを作り配っていましたが、「3月27日」という日付けが入っているため、今後どうするか対応を検討しています。

またホストタウンになっているタイのボクシングチームなどがことし6月中旬から市内で事前キャンプをする予定になっていましたが、白紙になったということです。

スポーツ推進課の江川忠課長は「昨夜になって、中止の連絡があり驚いた。聖火リレーやキャンプをほかの日程に設定する場合、担当する人や施設をおさえなければならないので、組織委員会は今後のスケジュールを早く示してほしい」と話していました。

103歳の聖火ランナーは

東京オリンピックの聖火リレーが、延期の時期に合わせて新たな日程が定められることになり、聖火ランナーの1人で、広島県三次市に住む103歳の男性は「この1年を乗り切って全力を尽くして走りたい」と話しています。

広島県三次市に住む103歳の冨久正二さんは、97歳で陸上競技を始め、3年前のマスターズ陸上の中国大会で60メートル走に出場し、16秒98で100歳以上104歳以下の部の日本記録をマークしました。

聖火リレーでは、全力で200メートルを走りきり見ている人に勇気を与えることを目標にしていました。

103歳となった現在も毎日トレーニングに取り組んでいて、5月に広島県内で行われる予定だった聖火リレーに向け、トーチと同じ重さの模型を持って200メートルを走る練習を今月6日に始めたばかりでした。

東京オリンピックの1年程度の延期について、冨久さんは「世界の情勢から見れば1年延期するのはやむをえないだろうと思う」と述べました。そのうえで「聖火リレーは私が生きてきた103年の中で大きな目的です。何が何でもこの1年間を乗り切らなければと目的達成へ向かっての希望が出てきました。全身全霊、すべてを出し尽くして奮闘したい」と話していました。

DeNA ラミレス監督は

神奈川県で聖火ランナーを務める予定だったプロ野球DeNAのラミレス監督は「こういう決断は、理解しているので粛々と従うだけだ。来年また走ることができるのならば、すごく光栄でうれしい。東京オリンピックが滞りなく行われればうれしいことだ」と話していました。

君原健二さんは

メキシコオリンピックの男子マラソンの銀メダリストで福島県で聖火ランナーをつとめる予定だった君原健二さんが北九州市の自宅で取材に応じ、「残念だが、来年、走れるかもしれないことを楽しみにしてすごしていきたい」と述べました。

北九州市八幡西区に住む君原健二さん(79)は、52年前に開かれたメキシコオリンピックの男子マラソンの銀メダリストです。

1964年の東京オリンピックで銅メダルを獲得した円谷幸吉さんと親交が深かったことなどから、円谷さんの地元、福島県須賀川市で聖火ランナーをつとめる予定でした。

君原さんは聖火リレーに向け、出場した東京、メキシコ、ミュンヘンの3つのオリンピックで使ったシューズと同じモデルのもの用意し、当日は円谷さんの写真を胸につけて走る予定だったということです。

君原さんは「東京オリンピック・パラリンピックの成功、日本選手の活躍、そして世界平和を願って円谷さんとともに聖火を運びたいと思っていましたが、これだけ新型コロナウイルスが世界中にまん延しているので、やむをえなかったと思います。延期になったのは残念ですが、来年、走れるかもしれないのでそのことを楽しみにすごしていきたいです」と話していました。

選手たちに向けては「延期後の大会は震災からの復興やウイルスに打ち勝ってすばらしい大会になると確信しています。大変だとは思いますが、前向きにとらえて、自分の力を発揮できるよう頑張ってほしい」とエールを送っていました。