優しさが生んだ幸せの“かばん”

優しさが生んだ幸せの“かばん”
あなたがふだん使っている“かばん”。それが国産だとしたら、どこで作られたか考えたことはありますか?実は多くの国産のかばんは、ある地方都市で作られています。そんな「かばんのまち」で、職人が作り上げたのが「目の不自由な人のためのかばん」。全盲の人の使い勝手を考えたこのかばんに、今、多くの注文が寄せられています。かばんのまちの優しさが生んだ、静かなヒット商品のお話です。(神戸放送局記者 田口めぐみ)

かばんのまちから

兵庫県北部、日本海に面した豊岡市。人口は8万人。志賀直哉の小説「城の崎にて」の舞台になった城崎温泉で知られ、冬は雪深く、夏は全国上位の暑さを記録することでも知られます。

そんな豊岡市に足を踏み入れると、目に入ってくるのは「かばんのまち」の文字。実はこの豊岡市、知る人ぞ知る、日本を代表するかばんの産地なんです。

江戸時代に柳ごうり作りで栄えた豊岡市。戦後、急速にかばんのニーズが高まり、今でもおよそ50のかばんメーカーや関連企業があります。作られているのは、ビジネスバッグやスーツケース、カメラや楽器を運ぶ専用のかばんなど、実用的、機能的で丈夫なかばん。

ちょっと古いデータですが、経済産業省の統計をもとにした平成25年の豊岡市の調査では、出荷額は全国1位です。ただ、多くは東京などに本社を置くメーカーの注文を受けて生産するOEMのため、豊岡の名前が外に出ることはめったになく、産地としての知名度は高くありません。

大人の事情で言えませんが、誰もが一度は手にしたことがあるような有名ブランドのかばんの多くも、実は豊岡市の会社で生産されているんですよ。

両手が使えるかばんがほしい

かばんの販売店などおよそ20軒が集まる豊岡市中心部の「カバンストリート」。職人の中野ヨシタカさん(50)が営むかばん店もここにあります。
もともと神戸市でサラリーマンをしていた中野さん。阪神・淡路大震災を経験し、24年前、手に職をつけようと豊岡市に移住。かばん会社で経験を積み、4年前に独立して店を構えました。

機能にこだわったオリジナルかばんの販売と同時に、オーダーかばんの受注生産も行っています。去年の夏、1人の男性が中野さんを訪ねてきました。
同じ豊岡市に住み、ソフトウエア開発の仕事をしている谷口和隆さん(58)。病気のため成人してから視力を失い、今は全く目が見えません。谷口さんは中野さんに言いました。
「両手が使えるかばんがほしいのです」
谷口さんは外出時にはつえが必要。そのため片手は必ず、つえでふさがります。一方の手で安全を確認しながら歩き、時にはアクシデントに対応するため、ハンドバッグなどは持たないようにしています。

リュックサックやボディーバッグ、ウエストポーチなどを使っていましたが、物を出し入れするためにかばんをおろしたり、つえをどこかに置かなくてはならず、外出先、特に乗り物の中ではスムーズに使いこなせません。ちょっとカジュアルすぎるのも難点。ビジネスでも使えるデザインだといいのに…。

ダンボールの型紙?!職人の腕の見せどころとは

「こんなかばんがほしい」と谷口さんが持ち込んだ、「理想のかばん」の型紙。

外出に最低限必要な、財布・スマートフォン・鍵・障害者手帳を入れることができる大きさで、体にぴったりつけるようなデザイン。かつてテレビドラマで見たことのある、刑事が拳銃をしまうホルスターをイメージしたそうです。

中野さんはこれまで、車いすに取り付けるかばんを作ったことはありますが、全盲の視覚障害者から注文を受けるのは初めての経験です。

文字どおり、手探りで作られたダンボールの型紙を前に、中野さんはなんとか満足してもらるかばんを作りたいと決心しました。

完全オーダーメイドのかばん

どうすればものを出し入れしやすいか、中野さんは谷口さんと相談を重ねました。

まずはものを入れる部分。体にそうように脇におさまる大きさにしました。中には仕切りをつけて、財布や鍵などを定位置を決めて入れられます。頻繁に使うスマートフォンは外側に専用のポケットをつけました。飛び出して落ちないよう片手で素早く開け閉めできるふたもついています。
谷口さんから寄せられた素材のリクエストは、きちんとした印象に見える本革。中野さんは丈夫さはもちろん体に近い場所にあるかばんだからこそ手触りのよいものを探して選びました。

ベルトも、どんな服を着ても体にフィットしながら締めつけないよう、アジャスターで微妙な調節ができるようにしました。

身につけたときの「かっこよさ」にもこだわりました。試行錯誤しておよそ4か月。ついに完成しました。
谷口さん
「二つ折りの財布も簡単に取り出せます。すごくよいものを中野さんにつくっていただいて感謝です」
谷口さんは使い勝手のよいこだわりの逸品を手に入れたうれしさで、以前より外出が楽しくなったと言います。
中野さん
「使いやすい物を提供できれば。かばん屋冥利(みょうり)に尽きるかなという感じで私もうれしく思っています」

商品化してみると…

「障害者が使って便利なものは、誰が使っても便利なのではないか?」

使い心地に満足した谷口さんの提案もあり、中野さんはこのかばんを去年11月に商品化し、受注生産することになりました。神戸市で開かれたかばんのイベントで、見本のかばんを身につけて接客。
訪れた視覚障害者の男性は、体になじむ使い心地のよさに驚いていました。このかばん、価格は1つ1万6500円。受注生産で広告費や人件費もおさえているため、お手ごろです。
発売から3か月で、視覚障害者を中心に80個余りの注文が入り、中野さんが今まで製作したかばんのなかで最もハイペースで売れているということです。

中野さんは、本当に使い勝手のよいかばんを求めている人がまだまだいると驚くとともにかばん作りの可能性を感じ、今後の創作にいかしたいと話していました。

職人の優しいまなざし

長い歴史と伝統の技術を受け継ぐ職人が、使い手の声を聞いて開発したハートフルなかばん。メードインジャパン、メードイン豊岡のプライドと、優しさを感じました。

いま豊岡では、女性向けのビジネスバッグや子どもを連れて出かけるときに男女共用で使えるリュックサックなど、使い手の声に耳をかたむけてオリジナルかばんをつくる会社が増えています。

小回りのきく小さな会社の強みをいかしたかばん作りが、産地存続の鍵を握っている、とも感じます。あなたのほしいかばんも、いつか豊岡で生まれるかもしれませんよ。
神戸放送局記者
田口めぐみ
平成29年入局
豊岡支局で但馬地域の取材を担当