金田正一さんをしのぶ会 野球関係者など別れ惜しむ

金田正一さんをしのぶ会 野球関係者など別れ惜しむ
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プロ野球の国鉄と巨人で前人未到の通算400勝をあげ、去年10月、86歳で亡くなった金田正一さんをしのぶ会が東京都内で開かれ、生前、親交のあった人たちが別れを惜しみました。
金田さんは現役時代、国鉄と巨人で歴代最多の通算400勝をマークするなど球史に残る大投手として活躍しました。

そして、引退後はロッテの監督に就任し日本一に輝くなど指導者としても手腕を発揮しましたが、去年10月、86歳で亡くなりました。

21日は、東京都内のホテルで金田さんをしのぶ会が開かれ、野球のグラウンドをイメージして作られた祭壇には、始球式でボールを投げる金田さんの写真が遺影として置かれました。

会では、金田さんと親交が深かった巨人の原辰徳監督が、「父であり、師匠であり、憧れの先輩でした。金田さんから頂戴したたくさんの教えは、私が後世に伝えていきます」と別れのことばを述べました。

また、現役時代にライバルだった巨人の長嶋茂雄終身名誉監督の弔電が紹介されました。

この中では「金田さんからプロの洗礼を浴びたことで、野球人としての人生がスタートしたといっても過言ではありません。偉大な金田投手と同じ時代にプレーできたことに心から感謝しています。あなたのおおらかさ、豪快さそして優しさは多くの仲間を勇気づけてくれました。私もそのうちのひとりです。本当に本当にありがとうございました」と、数々の名勝負を演じた金田さんとの思い出を振り返りました。

その長嶋さんは、献花の場面では会場に姿を見せ、花を手向けたあと金田さんの写真をじっと見つめていました。

会場には、ソフトバンクの王貞治球団会長や野村克也さんなど金田さんと同時代にプレーした野球関係者などが参列し、別れを惜しみました。

金田さん 自宅でもプロの姿勢貫く

金田さんの長男で俳優の賢一さんは「とにかく現役のころは、そのとき新しいと言われていた医療器具とかそういうものが家にあった。食事にも気をつかい、真夏でもクーラーを入れずに長袖のシャツで寝るとか、そういう姿を見ていた」と自宅でもプロの姿勢を貫いた父親の姿を振り返りました。

また、体調が万全でない中、献花に訪れた巨人の長嶋茂雄終身名誉監督について「父と長嶋さんの間にはわれわれの計り知れない人情みたいなもの、そういう機微があると思う。私も『やあ、賢ちゃん』と声をかけてもらって握手もしたが、非常に力強く返していただいてありがたかった。きょう来ていただいてとても感謝している」と話していました。

巨人 原監督「私にとって野球博士」

巨人の原辰徳監督は「金田さんの現役時代はわれわれにとって伝説的な部分だけど、私が監督になってから、いろいろな野球の勉強をさせていただいた。コンディションを作ることがいかに大切か、柔軟体操やランニングという基礎的なことがどれだけ大切かということ。もちろん技術的なものも含めて、私にとっては野球博士だった。『こういう先輩がいた、こういう教えを僕らは教わった』ということを伝えていきたい」と話していました。

張本勲さん「兄弟みたいなものでよくけんか」

現役時代に金田さんと対戦した張本勲さんは「90歳くらいまで頑張ってくれると思っていた。さみしい。金田さんとは兄弟みたいなものでよくけんかもした。私生活では一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりしたのは僕がいちばんじゃないだろうか。びっくりするのはその記録。こんなピッチャーは二度と出てこないと思う」と話していました。