障害者殺傷 遺族全員の調書 生前の様子や悲しみなど明らかに

障害者殺傷 遺族全員の調書 生前の様子や悲しみなど明らかに
相模原市の知的障害者施設で入所者19人が殺害されるなどした事件の裁判で、15日と16日、犠牲になった19人全員の遺族の調書が読み上げられました。犠牲者の生前の様子や肉親を突然失った悲しみなどが法廷で詳しく明かされました。
平成28年7月、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が次々と刃物で刺され19人が殺害されるなどした事件では、施設の元職員、植松聖 被告(29)が殺人などの罪に問われています。

16日、横浜地方裁判所で4回目の審理が開かれました。検察は15日と16日、犠牲になった19人全員の遺族の調書を法廷で順に読み上げました。

裁判では個人が特定される情報は伏せて匿名で審理されることが決まっていて、15日、遺族の意向を受けて下の名前で審理されることになった19歳の「美帆さん」を除いて犠牲者は「甲」とアルファベットを組み合わせて呼ばれています。

法廷で「甲Mさん」と呼ばれ、ラジオが大好きだったという66歳の男性の兄は調書の中で、「ラジオのチューニングが好きで、ダイヤルを合わせてきれいな音が出ると、本当にうれしそうな表情をしていました。ラジオを分解して組み立てることも好きでした」と振り返っていました。

そのうえで「最後に会ったのは7月10日でした。特別なことはなくお土産のラジオを渡し、『また来るな』と声をかけて別れました。最後の姿を覚えていません。それほど普通の日常だったのです。その日が最後なのに普通すぎて思い出せません。『もっと話せばよかった』、『大好きなラジオももっと大きなものを買ってあげればよかった』と後悔する気持ちです」としています。

そして最後に、「被告1人を死刑にすることでは解決できない。障害者への差別がなくなることを願うばかりです」と結んでいました。

また法廷で「甲Sさん」と呼ばれる、明るく音楽が好きだったという43歳の男性の母親は「私は息子を愛しています。私は息子と一緒で本当に幸せでした。生まれ変わっても、また私の子になってほしい。ずっと天国から見守っていてね。幸せをたくさんくれてありがとう。直接伝えることはもうできませんが、息子も同じ気持ちならうれしく思います」としています。

そして被告に対し、「ゆがんだ考えがどこで生まれたのか、施設に入った時の志や気持ちはどこにいったのか。こんなことをして満足している被告を、私は一生許すことができません。ただ息子を返してほしい、それができないなら死ぬこと以外、償うことはないと思います」としています。

植松被告は黒のスーツに白のシャツを着て弁護士の後ろの席に座り、時折、首を左右に動かしたり、口を少し開いたりしながら前を見て、聞いていました。

裁判は今後、証人尋問や被告人質問などが行われ、3月16日に判決が言い渡される予定です。

尾野さん「本当につらい思いが込み上げてきた」

この事件でけがをした尾野一矢さん(46)の父親の剛志さんは閉廷後、取材に応じました。

この中で、15日から犠牲者全員の遺族の調書が読み上げられたことについて、「聞いていて、ご遺族はずっと大変な苦労をしてきたことが伝わってきて、涙が止まりませんでした。具体的なエピソードも語られていて本当につらい思いが込み上げてきました」と話していました。

剛志さんはきょうは植松被告が見える席に座ったということで、「息子については『尾野一矢』として実名を出して読み上げられました。被告は僕のことを父親だと知っているのか、目が合いましたが、何のリアクションもなかったのが残念でした」と話していました。

「怒りや切実な思い 伝わってきた」日本障害者協議会代表

裁判を16日初めて傍聴し、読み上げられた遺族の供述調書の内容を聞いた日本障害者協議会の代表で、全盲の藤井克徳さんは「ある遺族の調書に、『被告には重い障害のある立場で一生涯暮らしてもらいたい』という内容のことばがあり、怒りや切実な思いが伝わってきました」と話していました。

また犠牲者や被害者の多くが匿名のまま審理されていることについて、「社会と障害者の間にある小さな壁のようなものを感じながら傍聴していました。障害者問題の本質や差別問題ともつながる裁判の行方をこれからも見守っていきたい」と話していました。

一方、裁判に望むことについて、「被告が生きてきた時代や環境という社会的な背景に言及するような裁判でなければ、本当の意味で19人の魂に報いることはできないのではないか。裁判では『障害者は不幸しかつくらない』という被告のことばの意味を究明してもらいたい。単に刑罰を決めるということではなく、障害者差別という問題をきちんと明らかにしてほしい」と強調していました。

傍聴した女性は…

裁判を傍聴していた介護施設で働く43歳の看護師の女性は「生まれてきたからには全力で子どもを守るという遺族のことばがありました。一人ひとりの家族がその人に対してすごく愛情をもって接していて、どの家族もその人が今、何をしてほしいかがわかると話していたのが印象的でした」と話していました。

そのうえで「どんな人であっても命には重みがあって、家族にとってかけがえがなく、被告には遺族のことばを聞いて自分のやったことが間違っていると気付いてほしい。障害があってもことばだけではないコミュニケーションができるのにもかかわらず、被告はそれをしようとしなかったのだと思います」と話していました。
裁判を傍聴し読み上げられた遺族の供述調書の内容を聞いた横浜市の42歳の女性は「苦しいこともあったけど、それを乗り越えてふつうと変わらない幸せな時間があったのだなと感じました。当たり前の幸せが失われてしまって、理由が知りたい、被告に苦しみを与えたいという思いが強く伝わってきました」と話していました。

また犠牲者や被害者の多くが匿名のまま審理されていることについて、「少しでも障害があると偏見が生まれるというのは感じたことがあるので、匿名というやり方はしかたないのかなと思います」と話していました。