英王室ハリー王子夫妻 北米で生活の意向にカナダで賛否

英王室ハリー王子夫妻 北米で生活の意向にカナダで賛否
イギリス王室のハリー王子夫妻が王室の中心的なメンバーとしての役割から退き、イギリスと北米で生活する意向を明らかにしたことを受けてカナダでは歓迎の声があがる一方、否定的な意見も聞かれます。
ハリー王子と妻のメーガン妃は先週、王室の中心的なメンバーとしての役割から退いてイギリスと北米で生活する意向を突然、明らかにしました。

エリザベス女王は夫妻の希望を全面的に支持するとしたうえで2人がイギリスとカナダで過ごすことに同意し、イギリスのメディアはメーガン妃がすでにカナダに渡ったと伝えています。

こうした中、アメリカの有力紙「ワシントン・ポスト」はカナダで夫妻を歓迎する市民の話や、地元のコーヒーチェーン店が2人のコーヒー代を一生無料にすると発表した話題など、賛同の声を取り上げました。

またカナダは女優だったメーガン妃がドラマ撮影のために7年間暮らした場所であることや、ハリー王子にとっても1991年に両親と訪れた場所で、2人にとって「特別な場所」だと紹介しています。

一方、「ニューヨーク・タイムズ」は夫妻がカナダで暮らす場合、カナダ側が警備費を支払うことになるのではないかと指摘する研究者の懸念を伝えています。

またハリー夫妻が財政的に自立したいという考えを示していることについてカナダ国籍ではないため労働許可証を取得できるかどうか保証がないとも指摘しています。
さらに、カナダの新聞、「グローブ・アンド・メール」は14日付けの社説で、イギリス王室の一員でありながらカナダに暮らすことについて「カナダ政府は簡潔に、『No』と答えるべきだ」と指摘しています。

理由について、カナダはイギリス連邦ではあるが、独自の立憲君主制をしいていて、イギリス王室の一員という理由だけで受け入れることはできないのではないかとしています。

ハリー王子とメディアの関係

イギリスメディアは、ハリー王子は幼い頃に母親であるダイアナ元皇太子妃を失った悲しみを癒やすことができず、大人になっても母親の死の引き金ともなったメディアになじむことはなかったなどと伝えています。

アメリカ出身で女優として活躍してきたメーガン妃をめぐっては、ファッションや言動を兄のウィリアム王子の妻のキャサリン妃と比較され、批判的に取り上げられることも多く、大衆紙は2人の間には確執があるなどという臆測を大々的に伝えてきました。

メーガン妃は去年秋に放送されたイギリスの民放テレビのインタビューで「イギリス人の友人から、ハリー王子と結婚すれば大衆紙によってあなたの人生はめちゃくちゃにされると言われていた」などと述べ、王室の一員としての生活が想像以上に苦しいものだったなどと胸の内を明かしていました。

メーガン妃をめぐって報道が過熱していることを受けて、ハリー王子は去年10月、一部のメディアを訴えるという法的な手段に出たことを明らかにしました。

そして、「私の妻は結果を全く考えずに個人を攻撃するイギリスの大衆紙の犠牲者だ」などとして、過熱するメディアの報道を批判する声明を発表しました。

声明では妻のメーガン妃が容赦ない報道の犠牲になっているとして、メディアによる執ような追跡をうけて事故死した母親のダイアナ元皇太子妃に重ね合わせ、こうした悲劇を繰り返させないという決意を示していました。

ハリー王子夫妻は去年のクリスマスをエリザベス女王などとともに過ごさず、息子のアーチーくんを連れてカナダで6週間を過ごしました。

カナダはメーガン妃がドラマ撮影のために暮らしていたことがあり、家族ぐるみでつきあう親しい友人もいると言われています。

欧米ではクリスマスは家族で過ごす大切な時間とされているだけに、この時期2人がイギリスを離れてしまったことにエリザベス女王は心を痛めていたとも伝えられていました。

英首相「問題は解決できる」

イギリスのジョンソン首相は14日、公共放送BBCに出演し、ハリー王子夫妻の動きについて、政治家のコメントは必要ないという考えを示す一方で「王室はイギリスにとって貴重ですばらしい存在であり、問題は解決できると確信している」と述べました。

ロンドン市民「ショック」「2人が決めること」

ロンドンの市民からは「とてもショックだ。時代が変わってきているのはわかるけれど、王室が好きなので悲しい」とか、「王室にとってはよくないだろうが、2人が決めることだ」などとさまざまな声が聞かれました。

また、「誰が彼らの警備をするのかという問題もある。王室からきっぱり離れるのか、あるいは、王室のメンバーとしての仕事を続けるのか、選ばなくてはならない」とか、「王室の中心的なメンバーから退くことで彼らが幸せならそれでいい。それなら、公的な資金を受け取るべきではない」などと冷静に受け止めている人もいました。