東日本大震災 津波で不明の恵比寿像 引き揚げ 宮城 気仙沼

東日本大震災 津波で不明の恵比寿像 引き揚げ 宮城 気仙沼
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宮城県気仙沼市で港の繁栄をもたらすとして長年まつられ、東日本大震災の津波で流された「恵比寿像」が海中で見つかり、14日、引き揚げ作業が行われました。
この「恵比寿像」は戦時中に回収されたものも含めると、昭和7年から港の繁栄や大漁をもたらすとして気仙沼市の岬にまつられていましたが、東日本大震災の津波で流されました。

地元の住民などが捜していましたが、震災から8年余りがたった去年11月、岬から25メートルほど沖合で工事業者が「恵比寿像」を見つけ、14日、引き揚げ作業が行われました。
作業には市が依頼した業者などおよそ20人が参加し、ダイバーが深さおよそ5メートルの海中にあった「恵比寿像」にネットを取り付けたあと、クレーンを使って慎重に引き揚げました。

「恵比寿像」は全長1.5メートルほどで「赤銅」と呼ばれる合金でできていて右手に持つ「釣りざお」が折れていましたが、震災の津波で流される前とほぼ同じ状態で海水によるさびも少ないということです。
「恵比寿像」を管理する気仙沼市の五十鈴神社の神山正志宮司は、「本当にうれしいです。これからも船の守り神として親しまれるように、大切に保管したいです」と話していました。

「恵比寿像」は五十鈴神社に奉納され、見学できるようにするということです。

漁業者に親しまれてきた「恵比寿像」

震災後、行方が分からなくなっていた「恵比寿像」は宮城県気仙沼市魚町の岬の先端に気仙沼湾を見渡すように設置されていました。

カツオ漁が盛んな気仙沼市の地元では「おえびすさん」と呼ばれ、漁の安全と大漁を願う漁師が出港前に手を合わせたり、子どもの健やかな成長を願って祈るなど、親しまれてきました。

地元のシンボルとなってきた「恵比寿像」ですが、その理由には戦争の苦い経験もありました。実は、この「恵比寿像」は2代目で、初代の像は1932年に設置されましたが、軍に回収されました。地元では弾丸に使用するためだったと言われています。

戦後、地元の漁業者らの支援で1988年に念願だった2代目の像ができたのです。

しかし、2011年の東日本大震災の発生で、津波により流され、行方が分からなくなりました。その後も地元の漁業関係者やダイバーなどが捜索しましたが、見つけることができず、行方が分からなくなっていました。このため地元では3年前(2017年)、地元の神社や漁業関係者らが新たな3代目の恵比寿像をつくろうと動きだし、この春に、お披露目する予定でした。

そして設置されていた周辺を整備する工事をしていた去年11月、岸にいた工事関係者がもともと設置されていた場所から西に25メートルほど離れた水深5メートルほどの海中で2代目の像を見つけました。
2代目の像を見つけた工事関係者の男性は、岸から海を見ていて、見つけたということで、「工事の途中で海を見ていたら、なにかあるなと思って、潜水士に確認してもらったところ、恵比寿像だった。現場としては非常にうれしく感じています」と話していました。

海中の恵比寿像は…

NHKでは引き上げを前に、13日、市や海上保安庁の許可を受けて海に入りました。海に入ると、海の中は濁っていて3メートル先までがみえる程度でしたが、海に入ってからおよそ3分後、水深5メートルほどのところで「恵比寿像」を見つけました。

「恵比寿像」は表面は海藻などはあまり付着しておらず右手に持ったさおが折れ曲がっていましたが、左手には大きなたいをぶら下げ、頭から足までそのままの形を残していました。顔もあまり汚れておらず、朗らかな表情に見えました。

地元では喜びの声が…

震災後、行方が分からなくなっていた「恵比寿像」が見つかり、地元の漁業者からは喜びの声が相次いでいます。

このうち臼井賢志さん(77)は、ことしで創業138年の水産関係の会社の会長として経営に関わっています。震災前、臼井さんは会社のマグロ船が出港する際には航海の安全と大漁を願い、帰港する際には、安全に航海を終えられたことへの感謝を込めて、恵比寿像に手を合わせていました。

しかし、震災の津波で会社の建物が全壊するなど大きな被害を受け、「恵比寿像」も行方が分からなくなりました。震災後、臼井さんは平成24年に社長を息子に託すとともに会社を再建していく中で地元のシンボルだった「恵比寿像」は漁業の町・気仙沼の復興には欠かせない存在だとして行方を探すことになりました。他の漁業関係者とともにボランティアのダイバーなどに協力してもらい周辺の海を数回にわたって捜索しました。今回、見つかった海中の周辺も探しましたが、見つけることができませんでした。

このため臼井さんは3年前、神社や漁業関係者らと建立委員会を発足し、3代目の恵比寿像を作ろうと動きだし、民間企業の協力を得て、ことし春にお披露目する予定でした。3代目のお披露目に向けて恵比寿像を設置する周辺を整備する工事の最中に2代目が見つかったのです。
見つかった際、臼井さんは「周辺を探したこともあったのですぐ目の前で見つかったということでびっくりしました」と話していました。気仙沼では、震災で漁獲量が大きく落ち込みましたが徐々に復興に向けて増えてきています。

臼井さんは、「だいぶ復興してきたが、多少、人口の減少などを心配する面もあり、港が栄えて、多くの船が気仙沼にやってくるよう、2代目様にもお願いしたい」と話していました。