阪神・淡路大震災25年 下宿先で死亡の息子 父親が残した記録

阪神・淡路大震災25年 下宿先で死亡の息子 父親が残した記録
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今月17日で阪神・淡路大震災から25年になります。当時、犠牲になった神戸大学の大学院生の父親が息子のもとにかけつけ、葬儀を終えるまでの5日間の様子やみずからの気持ちをつづった詳細なメモや写真を残していました。大学院生の遺族は「記録が多くの人に語り継がれ、残っていってほしい」と話しています。
25年前の阪神・淡路大震災で、当時神戸大学の大学院生だった競基弘さん(当時23)は神戸市灘区の下宿先のアパートで建物の下敷きになり、亡くなりました。

父親の和巳さんは地震の翌日にかけつけて息子の遺体を名古屋市の自宅に連れて帰り、葬儀を終えるまでの5日間の様子を詳細なメモや写真で残していました。

メモには写真とともに倒壊したアパートから運び出された息子と対面したときの状況や、葬儀を行った際の様子などが記され、「基弘下宿先のみ焼けずに残り、遺体はきれいでスム」、「棺に入れるため基弘が好きだったサザンオールスターズのCDを買う」などと、突然奪われた息子への父親の気持ちがつづられています。
和巳さんはその後、2012年に亡くなり、メモや写真は妻の恵美子さんが手元に残していましたが、去年、神戸大学の学生グループが震災の遺族に行っていた聞き取り調査を受けたのをきっかけに公開しました。

恵美子さんは「悲しみの真っただ中にいても、『この息子の状態を周りの風景や状況を含めて残しておかなければ』という、覚悟みたいなものがすごくあった人だと思います。主人の残した記録が多くの人に語り継がれ、残っていってほしいです」と話しています。

また聞き取りを行った神戸大学の大学院生の森岡聖陽さん(23)は「震災後の復興した街しか見ていない私たちにとって、残された記録は当時の状況を知る貴重な手がかりです。その思いを自分たちだけにとどめず、より多くの学生に届けられるよう活動を続けていきたいです」と話しています。

メモや写真に書かれていたものは…

メモには時間の経過にそってメモ帳の紙、17ページにわたって書かれています。

このうち基弘さんのアパートに着いた直後には「(午後)3:00救助開始(午後)3:40終了うつ伏せ状態で死亡確認」、「基弘下宿先のみ焼けずに残り、遺体はきれいでスム」などと、基弘さんが運び出された際の状況をつづっています。

その時撮影した写真には、救助隊が倒壊したアパートの中から基弘さんを救助する様子や、毛布にくるまれた基弘さんに妹の朗子さんが寄り添う姿が映っています。

遺体の安置所には多くの犠牲者が運び込まれ検視などに時間を要しました。

メモには「鑑識医1人で1千体を越す遺体」、「安置所は遺体を置くだけの場所どういう手続必要か説明なし」、「ひつぎが足りず配付についてケンカ」などと、混乱した現場の様子や、一刻も早く息子を家族が待つ家に帰らせたいといらだつような胸の内が記されています。

安置所の場面では、基弘さんが当時、交際していた女性が自転車で3時間をかけて訪れ、対面したときの様子も記され、「とりすがり、ほおずり、手を握って別れを惜しむ」などとつづられています。

震災から3日後、和巳さんは基弘さんをようやく家に連れて帰ることができました。

そして仮通夜を終えた夜にはこんなことを記しています。

「星空を見ながら基弘の遺品のタバコ『フィリップモーリス』を1服吸う。突然ひとかたまりの雲が現れ、北から南へ流れていく。光の中へ消える。天国へ行ったことのしらせか。朗子を呼んで一緒に見る」

基弘さんの妹の朗子さんは「父に呼ばれて一緒に雲を見た記憶はうっすらとあります。父としては珍しく感傷的な場面でした。兄をしのぶ気持ちだったと思います」と話していました。

葬儀には大勢の友人に加えて大学院での指導教官や研究室の仲間などが参列しました。メモには葬儀の準備のさなか基弘さんの棺に入れるため好きだったサザンオールスターズのCDを買い求めたことも記されています。

神戸では多くの学生も犠牲に

阪神・淡路大震災では多くの学生も犠牲になりました。

基弘さんが在籍していた神戸大学では海外からの留学生7人を含む39人の学生と職員2人の合わせて41人が亡くなりました。

また現在は統合され海事科学部になっている震災当時の神戸商船大学では留学生1人を含む学生5人と研究員1人の合わせて6人が亡くなりました。

神戸大学では毎年、震災が起きた1月17日に合わせて式典を開き、47人に上った犠牲者を追悼しています。

聞き取りを行った大学生グループ

基弘さんの遺族に聞き取り取材を行ったのは神戸大学の学生やメディア業界で働く卒業生で作るサークル、「メディア研」です。

大学に入学してくる学生は阪神・淡路大震災のあとに生まれ、震災を経験していないことから、被害や教訓を学び語り継いでいこうとおととし結成されました。

活動の転機になったのは去年1月に神戸大学が行った追悼式典でした。出席者の多くが遺族や大学の関係者で、現役の学生の姿が見られなかった状況に危機感を感じたということです。

このためサークルでは若い世代に遺族の声を届けることで震災のことを知ってもらおうと、遺族をたずねて聞き取りを行い、サークルのブログで公開する活動を行っています。

活動を始めてからこれまでの1年間に8世帯の遺族から聞き取りを行ったということです。

代表を務める神戸大学大学院の森岡聖陽さんは「遺族の方が『震災で命を落とした先輩たちがいたことを忘れないでほしい』とおっしゃっていたことが心に響きました。その思いを自分たちだけにとどめず、より多くの学生に届けられるよう活動を続けていきたいです」と話しています。