なぜ、政権を倒せないのか

なぜ、政権を倒せないのか
歴代最長政権。その要因の1つに「野党の多弱」を挙げる指摘は多い。
「安倍政権を、なぜ倒せないのか?」
野党の視点から展望するため、私たちは民主党政権の中核を担った4人にインタビューを行った。当時の幹部たちは異口同音にある言葉を口にした。
(政治部記者 宮里拓也 奥住憲史 並木幸一)

長期政権の要因は

「長期政権となった要因は何だと考えますか」
私たちは、民主党政権を担った“元幹部”に率直な質問をぶつけた。

前総理大臣、野田佳彦。
与党民主党の幹事長を務めた小沢一郎。
外務大臣や民主党政策調査会長を歴任した前原誠司。
民主党政権で財務大臣を経験し、現在、立憲民主党の国会対策委員長を務める安住淳。
4人は、それぞれ、次のように答えた。

「野党がバラバラになって互いに足を引っ張っていることが一番大きな原因だ」(野田)
「安倍政権に代わる受け皿がない。国民は政権をかえたくても選択する対象がない」(小沢)
「民主党政権の失敗が要因だ。『民主党政権はひどかった』という意識が定着してしまった」(前原)
「自民党内に有力なライバルがいないことと、野党が受け皿を作れなかったことだ」(安住)

民主党政権の“失敗”

4人はそろって、長期政権の要因は「自分たちの側にもある」とした。
こうした見方は、データからも裏付けられる。NHKの11月の世論調査では、安倍内閣の支持率は47%。
支持する理由を聞いたところ、「他の内閣より良さそうだから」が半数近くの47%を占めた。その一方、「実行力があるから」と「支持する政党の内閣だから」はそれぞれ16%にとどまった。

安倍長期政権を生んだ要因は、民主党にある…。
前原が口にした、“民主党政権の失敗”は、何を意味しているのか。
時間を巻き戻してみよう。

2009年8月。
民主党は、衆議院選挙で戦後最多となる308議席を獲得して自民党に圧勝、政権交代が実現した。
鳩山政権発足直後の内閣支持率は72%、国民の期待を集めての船出だった。
しかし、民主党政権は、3年3か月後に幕を下ろすことになる。

民主党政権の最初のつまずきは、沖縄のアメリカ軍普天間基地移設問題をめぐる「迷走」だ。
当時の鳩山総理大臣は「最低でも県外」と主張。沖縄を中心に、国民の期待が高まった。
しかし、「腹案がある」としながらも、具体的な進展がないまま県外への移設を断念。
急速に求心力を失い、鳩山は9か月で、辞任を余儀なくされた。
政権末期の内閣支持率は、21%にまで下落していた。

2010年6月、総理大臣のバトンを受けたのは菅直人。
菅内閣発足直後の支持率は61%。持ち直したかのように見えた。
しかし、菅総理大臣は、就任直後に消費税率の10%への引き上げに言及。
この発言などが影響して、民主党は、夏の参議院選挙で大敗した。
国会は、衆参両院で多数派が異なる、いわゆる「ねじれ」状態となった。
2011年3月には東日本大震災が発生。
菅総理大臣の原発事故への初動対応にも批判が出た。
結局、2年続けて、総理大臣が辞任することになった。

致命傷となった集団離党

2012年7月。
民主党政権にとどめを刺す出来事が起きた。
鳩山政権で幹事長も務めた小沢一郎らの集団離党だ。
国会議員50人が消費税率の引き上げに反発、党を飛び出した。

小沢は振り返る。
「国民との約束を破る消費増税を強行したことに反対して、最終的に離党したことは、何も間違っていない。政治家として筋の通った行動であり、後悔もしていない」
「ただ、もっと野田政権自体に、いろいろな議論の中でなんとかできた要素はあったと思う。(政策調査会長の)前原君が座長だったけれども、全然、意見がまとまらないうちに打ち切っちゃった。それで党の決定だということにしちゃって」

当時の総理大臣、野田は。
「離党騒動などがあって、『民主党政権はバラバラになったな』というイメージが強烈に残ってしまった。小沢先生とは2回お会いして、なんとか説得してご理解いただこうと思ったが駄目だった。やはり、残念だった」

「議論を打ち切った」と小沢に名指しされた前原。
“内輪もめ”によって政権が自滅したと悔やんでいる。
「『反小沢』と『親小沢』とで真っ二つに割れて。普通は、権力を握っていたら、権力の土台を壊すまでけんかはしない。ただ、権力の土台を壊すまでけんかをしてしまった。今から考えると本当にバカげたけんかをしていた」

“執着心”の欠如

2012年12月の衆議院選挙で、自民党が政権を奪還。
以後、7年近くにわたって、安倍総理大臣の政権運営が続いている。
民主党政権と安倍政権は何が違うのか。
幹部たちの口から出てきたのは、期せずして同じ言葉だった。

「政権を維持し続けるんだという、ある意味、政権に対する貪欲さ、権力に対する『執着心』が足りなかったのだと思う」(前原)
「民主党は、政権を維持していこうという『執着心』が欠けていた。その点、自民党は非常にしたたかで、政権を維持したいという気持ちが、各議員に浸透している。その差が出ている」(安住)
かつて最年少で自民党幹事長を務めた小沢は。
「安倍総理大臣もそうだが、自民党は権力に対する『執着心』が非常に強い。権力のためならまとまるというのが自民党の体質で、いまの与党と野党では大人と子どもみたいな違いがある。政権には、そういうしたたかさや強さが必要だ」

“執着心”。
野党を経験したからこそ、自民党がますます強めてきたのだとすれば、この言葉が長期政権を読み解くひとつの「カギ」になるのかもしれない。

明暗分けた選挙

“執着心”という抽象的な精神論だけなのか。
安住は、安倍総理大臣の選挙戦術の巧みさを指摘する。
「野党の準備が整う前、『よもやまだ解散をしないだろう』というところで解散をする。2014年も17年も野党は不意を突かれた。常在戦場でいなければならない野党が、選挙の準備を怠っていた。この隙が長期政権につながり、安倍政権の基盤が強くなった」

一方で、下野したあと、チャンスがないわけでもなかった。
2017年9月。
夏の東京都議選挙で大勝した小池知事が、衆議院選挙を前に「希望の党」を立ち上げた。
都知事選挙の勢いを追い風に、国民の期待感は一気に高まった。
野党第一党の民進党の代表だった前原は、小池に接触、事実上の合流を決めた。
「衆議院の解散が9月10日くらいには既定路線になっていて、僕と小池さんがコンタクトを取り始めたのが9月17日ごろ。自民党もかなり慌てていて、『240議席を自民党が割ったら、安倍総理大臣は退陣だ』という話まであった。自民党も相当、危機感を持っていたんだろうと思う」(前原)

しかし、候補者の調整をめぐり、小池が、「安全保障や憲法観で一致することが必要最低限のことであり、一致しなければ排除する」と発言。

反発した枝野幸男が、立憲民主党を結成、民進党は分裂を招いた。
追い風は、一瞬にして逆風に変わった。

この現実をどう受け止めるのか。前原に問うた。
「結果については、全て責任を取らなければいけない。ただ、希望の党と合流するという判断そのものについては全く何の後悔もしていないし、あれしかなかった。何もしなくて惨敗したよりは、はるかに良かったと今でも思っている」

かつて、小池と政治行動をともにしたこともある小沢は。
「小池君がもう少し大きな欲や志を持っていれば、勝ったね。政権を獲得できて、小池総理になっていた。だけど、彼女はほどほどに議席を取って、自民党と連携していこうという感覚だったのではないか」

旧民主党は現在も立憲民主党と国民民主党に分裂したまま。
野党が“多弱”と呼ばれる状況は続いている。

「安倍政権は何一つやってない」

自分たちの政権運営について反省の弁を口にする一方、元幹部の安倍政権に対しての評価は厳しい。

前総理大臣の野田。
2012年に衆議院を解散する直前に、当時の自民党・谷垣総裁、公明党・山口代表といわゆる“3党合意”を結んだ。合意では、消費税率を10%まで段階的に引き上げる一方、子育て支援策を充実させ、年金制度や高齢者医療のあり方などについて検討を進めるとした。

野田は、この合意内容がほごにされたと憤る。
「社会保障のビジョンがあいまいになってしまっている。また、大切に育てなければいけない消費税は、軽減税率やポイント還元の導入によって、税制のあるべき姿の『簡素、公平』という理念から大きくかけ離れた形にしてしまった。罪深い」(野田)
野田の言葉はさらに続く。
「長期政権で何か結果を出したかというと出してない。『長きをもって尊しとせず』だ。佐藤政権は沖縄返還、中曽根政権は国鉄民営化、小泉政権は郵政民営化。それぞれが大きなテーマを掲げて長期政権でやり遂げてきた。安倍さんは『地方創生』や『一億総活躍』などなど、スローガンをころころ変えるけど、結局、何一つやってない

小沢は、長期政権ゆえの弊害を指摘する。
「加計学園の問題もそうだが、『桜を見る会』では、自分の選挙区からたくさん後援会のメンバー招いて、国費で接待するというたぐいのことが平気で行われている。権力の私物化、乱用、そういうことが次々と出てきている」

さらに別の観点から、今の政治情勢に警鐘を鳴らすのは安住だ。
「大学入学共通テストへの民間試験導入が一番いい例だが、官邸が勝手に決めて、自民党を通さない。昔の自民党ではありえない。私たちも“多弱”と言われて弱いが、実は自民党も弱くなっている。政党がきちんと国民の声を吸い上げないで、与野党ともにぜい弱化しているところに“一強”の問題がある」

動き始めた野党

「安倍一強」とも言われる政治情勢の打開に向けて、野党側も動き出している。
秋の臨時国会から、立憲民主党と国民民主党などが衆参両院で会派を合流。
民主党が政権を失って以降、野党の第一会派として、その数は最大となった。

一方の安倍政権。
10月には、内閣改造からわずか1か月余りで初入閣の閣僚2人が相次いで辞任した。
安倍総理大臣が「桜を見る会」に後援会から大勢を招いていたことも明らかになった。
会派合流以降、野党が攻勢を強めているようにも見える。

こうした状況について、民主党の元幹部たちは、今、何をなすべきと考えるのか。

「私自身の責任というのは、もう1度、政権交代可能な政治状況を作っていくことだ。その責任を果たすことしかない」(野田)
さらに、この先のステージについては。

「会派をともにしたことは、始まりでしかない。会派を合流させて、選挙を別の党でバラバラにやったら国民から相手にされない。もうゴールは見えている。一緒にやるしかない」(安住)
「このままでは、いつまでたっても国家、国民にとって不幸な状況が続く。今年中に野党の合流を絶対に実現したい。野党が結集して受け皿を作れば、必ず次の選挙では政権を獲れる。私は確信している」(小沢)
目指すのは、立憲民主党と国民民主党などの旧民主党勢力の再結集。
政党どうしの合流だ。

一方、前原は、再結集に賛成だとしながらも、それだけでは十分ではないと指摘する。
キーマンは枝野さんだ。彼が野党のあり方についてどこまで許容するかだ。小沢さんが何を言っても、安住さんが何を言っても、やはり野党第一党のトップがどう判断するかだ」

反転攻勢に向けて

野党第一党・立憲民主党の枝野代表。
月に一度の記者会見で、政権奪取に向けた戦略を問うた。
「どうやって政権をひっくり返すのかという戦略を公の場で話すことはあり得ない。こちらだけ手札をオープンにしてポーカーをやるようなものだ」
枝野は、煙に巻く。

ただ、野党側が反転攻勢に向けて、党の合流を模索していることは間違いない。
ここでひとつ、どうしても克服しなければならないパラドックスにぶち当たる。

民主党政権の失敗が安倍長期政権を生み、党が分裂した、そうであるならば…。
「野党勢力が再結集しても、再びもとの民主党に戻るだけではないのか」
こうした指摘にどう向き合うのか。

「元幹部」4人のうち、ただひとり、立憲民主党の執行部として政局の最前線に立つ安住にこの質問をぶつけた。
「恐れないことですね、そういう批判を。レッテル貼りはされるけれども、萎縮してはいけない。失敗もしたし、挫折もした。だけど失敗や挫折をした人間にもう1回チャンスをくれと堂々と言った方がいい。むしろ萎縮をしているようではダメだ。しっかり野党がかたまって、その力でもう一度、政権をもぎとるんだと」

萎縮せず、恐れず進みたい。
その言葉には、みずからを鼓舞し、仲間たちに覚悟を迫る、強い決意を感じた。

安倍政権はいつまで続くのか。ポスト安倍は誰か。
野党はこれから正念場を迎える。

(文中敬称略)
政治部記者
宮里 拓也
2006年入局。さいたま局から政治部。民主党などを取材し、小沢一郎氏の番記者も経験。再びさいたま局を経て、現在は政治部で国民民主党を担当。
政治部記者
奥住 憲史
2011年入局。金沢、秋田局を経て政治部。外務省などを取材し、現在は立憲民主党のほか、野田前首相などの野党系無所属議員を担当。
政治部記者
並木 幸一
2011年入局。山口局から政治部。文科省などを経て、19年夏から野党クラブで立憲民主党を担当。安住国会対策委員長の番記者を務める。