中国で覚醒剤所持 違法薬物運搬の罪 元市議にきょう判決

中国で覚醒剤所持 違法薬物運搬の罪 元市議にきょう判決
6年前に中国でスーツケースの中に覚醒剤3キロ余りを隠し持っていたとして違法な薬物を運搬した罪に問われ、最高で死刑を求刑されている愛知県稲沢市の元市議会議員に対し、8日、判決が言い渡されます。元議員は無罪を主張していて、裁判所の判断が注目されます。
愛知県稲沢市の元市議会議員、桜木琢磨被告は2013年10月、中国南部、広東省広州の空港でスーツケースの中に覚醒剤3キロ余りを隠し持っていたとして、違法な薬物を運搬した罪に問われています。

裁判で桜木元議員は「スーツケースは知り合いから頼まれて預かったもので、覚醒剤が入っていることは知らなかった」として無罪を主張していましたが、検察は懲役15年以上、最高で死刑を求刑しています。

裁判は2014年8月に結審しましたが、裁判所は「案件が複雑で、関連証拠を調べる必要がある」として、判決の言い渡しが5年余りにわたって延期される異例の事態となっていました。

この判決が広州の地方裁判所にあたる中級人民法院で日本時間の8日午前10時半から言い渡される予定です。

中国の法律では75歳以上は原則として死刑は適用されないことから、76歳の桜木元議員の死刑は回避される見通しで、裁判所がどのような判決を言い渡すのか、注目されます。

「私に不名誉なことは決してない」

愛知県稲沢市の元市議会議員、桜木琢磨被告は関係者を通じてNHKの書面インタビューに応じていました。

この中で桜木元議員は判決が延期されてきたことについて、「こういったまるで無制限の延期には相手側の権力乱用を感じ正統性、透明性がない。拘置所生活は千辛万苦ですが、不当な訴追にも非人道的な延長にも絶対に負けることはありません」と勾留の長期化への不満を示していました。

留置場での生活については「(定員)4人のところ現在19人で生活、そりゃ窮屈です」「7時半の朝食には白い蒸しパン2つだけ。これだけではまずくどうしようもない」と生活面の不満も示しています。

またヘルニアの手術を受けたものの、健康面に問題はないとしています。

そして自身の起訴内容については「相手に全く疑念を抱いていなかった。スーツケースの見本を東京の『バイヤー』に取り次ぐ貿易代行としては私の長年の本業」「もしも有罪になったら云々、については私にとってありもしない想定への回答はできません。私には身に憶えがない。私に不名誉なことは決してない」と改めて無罪を主張しました。

また家族については「フィンランド人の老妻が高血圧で時々目眩がするというので心配です」「私は『もうすぐ帰るからね』、『もう少し…』と返事してもう5年!愛しくて涙が止まりませんでした」と家族への思いを吐露しました。

そのうえで今後の目標として、「私は帰ると、ずっと拾い集めていたメモを元に一冊書きたいと考えています。さらに貿易代行、通訳も復活したいです」と無罪の判決を得て日本に帰国したいという思いを訴えていました。

判決は5年余にわたり延期 異例の事態に

桜木琢磨被告は愛知県稲沢市で市議会議員を5期務め、翻訳や貿易などを行う会社も個人で経営していました。桜木元議員は6年前の2013年10月、中国南部、広東省広州の空港で、スーツケースの中に覚醒剤3キロ余りを隠し持っていたとして、違法な薬物を運搬した罪に問われています。

弁護側によりますと、桜木元議員は以前、ナイジェリアの投資をめぐる詐欺に遭いましたが、ほかのナイジェリア人から被害額を取り戻せるという話を持ちかけられ、2013年10月、先方に手配された航空券で中国の広州に向かいました。

そして指定されたホテルで仲介役のマリ人に会い、返還手続きに必要とされる書類にサインしたあとで、ナイジェリア人から電話で「東京で妻が服飾や靴のビジネスをしているので、商品のサンプルを届けてほしい」と頼まれ、スーツケースを預かったということです。

このスーツケースの側面と、中に入っていた厚底靴の底の部分に覚醒剤が入っていたため、桜木元議員は帰国する際に空港で拘束され、その後、逮捕されました。

そして2014年8月、広州の地方裁判所にあたる中級人民法院で初公判が行われ、桜木元議員側は「スーツケースは知り合いから頼まれて預かったもので、覚醒剤が入っていることは知らなかった」として無罪を主張していました。

仲介役のマリ人は逮捕され、8日、同じく判決を言い渡されますが、主犯格とされるナイジェリア人は逮捕されていません。

一方、検察側の主張では以前にだまされているのに今回も面識がないナイジェリア人を信じて中国まで来るのは不自然であり、証拠から犯罪事実は明らかだなどとして、懲役15年以上、無期懲役、もしくは死刑を求刑しています。

裁判は3日間の審理を経て結審しましたが、裁判所は「案件が複雑で、関連証拠を調べる必要がある」として、判決の言い渡しの延期を3か月ごとに繰り返し、5年余りにわたって延期される異例の事態となっていました。