電凸 社会学者はこう考えた

電凸 社会学者はこう考えた
私たちは、愛知県の国際芸術祭で起きた問題をきっかけに、表現の自由について、取材を続けています。そのなかで、考えさせられたのが電凸(でんとつ)です。これは、電話やメールによる集中的な抗議を意味する言葉で、芸術祭の事務局に対しても、激しく行われました。その数は、中止されるまでの3日間で2900件に上ったそうです。この電凸について、ネット上の社会問題に詳しい東京工業大学の西田亮介准教授に聞きました。

民意ではあるけれど…

西田さんは、電凸、つまり一般市民が電話やメールなどで、行政などに抗議すること自体は民意の表れだといいます。一方で、こんな指摘もしました。

「コピペで作った同じような抗議の文言をメールに貼り付けて送るとか、マニュアルのようなものを読んで電話するといったことがある場合、それは、“マニュアル化された民意”だと思います。単純に民意だと言ってしまうとやや誤解が生じるのではないでしょうか」

どういうことでしょうか。

今回はインターネットのSNSを使って抗議が呼びかけられ、電話をかける番号も共有されたといいます。

また、抗議の文言なども掲載され、そのとおりに、電凸を行った人がいたことも明らかになっています。

西田さんは、こうしたマニュアル化には問題が潜んでいるといいます。

「民意は、本来異なる意見と接触し、時には意見や立場を変えながら形成されるものです。しかしマニュアル化とは、各自が物を考えなくてもできるようにするということですから、人々の自発的な創意工夫や思考を奪っていると考えることもできます」
西田さんへのインタビューで気になったのは、「近年、こういった動きはかなり広い範囲で見られるようになっている」という指摘です。

インターネットと政治の関わりを研究している西田さんは、今回のような電凸は、政治や選挙の世界でも広がっているとして、警鐘を鳴らしました。

「政治運動、選挙活動のマニュアル化が進んでいます。草の根的な活動だけでなく、政党が動員の戦術として、こういったアプローチを使うこともあります。情報の共有が簡単で、多くの人にコストをかけずに伝えることができる、ある意味、コストパフォーマンスの高い合理的なやり方だと思いますが、最初から特定の結論や特定の行動が念頭に置かれていることは留意すべきです。さらに、その過程において議論をしたり多様な意見と接触したりする機会も奪われています。異なる立場の意見を封殺するという意味において、問題を抱えていると思います」