「おねがい ゆるして」虐待死 女児のノート 法廷で読み上げ

「おねがい ゆるして」虐待死 女児のノート 法廷で読み上げ
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去年、東京 目黒区で、5歳の女の子に十分な食事を与えず死亡させた罪に問われている母親の裁判で、女の子が書き残したノートなどが法廷で示されました。「おねがい ゆるしてください」と両親に許しを請う内容や「パパにべらんだでたたされた」などと虐待をうかがわせる内容も書かれていました。
東京 目黒区の無職、船戸優里被告(27)は去年3月、夫の雄大被告(34)とともに娘の結愛ちゃん(当時5)に十分な食事を与えず死亡させたとして、保護責任者遺棄致死の罪に問われています。

東京地方裁判所で開かれた4日の裁判員裁判で検察は、結愛ちゃんが書き残したノートやメモなどを証拠として提出し、法廷のスクリーンに画像を示して結愛ちゃんが書いた内容の一部を読み上げました。

「もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからできるようにするからもうおねがいゆるしてください」などと両親に許しを請う内容がありました。

亡くなる1か月近く前に書いたとみられるページには「きのうパパにおこられたこと」「パパにべんきょうをおしえてもらったのにおれいをいわなかったおふろのなかでおおきいこえをだしたから」「とけいができるはずやのにとけいをごまかそうとしたからべらんだでたたされた」などと、虐待をうかがわせる内容も書かれていました。

検察官が読み上げている間、優里被告はうつむき、泣きながら聞いていました。

このあと検察官は、結愛ちゃんが目黒区に引っ越す前のおととし、香川県で通っていた病院の診療記録などを読み上げました。

それによりますと、結愛ちゃんは「パパからおなかをキックされる。パパの仕事が休みの金曜や土曜にいっぱいされるよ」などと医師に話していたということです。

また、去年3月、傷害の疑いで逮捕された際の夫の雄大被告の供述調書も読み上げられました。

この中で、雄大被告が暴力を振るうようになったきっかけについて「妻の前の夫との子どもだった結愛は、しつけがされていない子どもだと思い、きちんとしつけをしないといけないと思っていた。しつけを繰り返しているうちにだんだんとエスカレートしていき、いつの間にか単なる暴力になっていき、暴力を振るうことに抵抗を感じなくなっていった」と述べていたことが明らかになりました。

妻の優里被告については「ことばの暴力によって妻は洗脳されるようになり、私に反発したり意見を言ったりはできなくなっていった。妻は結愛を病院に連れて行こうと思ったとしても、私には言えなかったのだと思う」と述べていました。

このほか、家族を担当していた香川県と東京の児童相談所の担当者も証言しました。

東京の担当者の女性は「当時は親子との関係を大事にしようと慎重な行動をとっていたが、結果として命が奪われてしまった。結愛ちゃんの命が奪われてしまったことを重く深く受け止め続けていきたい」と涙ながらに述べました。

3日の初公判で優里被告は起訴された内容をおおむね認め、「夫が娘のことを殴ったのは知らなかった。夫から報復されるのが怖くて通報できなかった」と述べています。

裁判は5日も開かれ、優里被告への被告人質問などが予定されています。

夫の供述 詳細は

4日の裁判では、船戸優里被告とともに起訴されている夫の雄大被告が去年3月、結愛ちゃんに対する傷害の疑いで逮捕された際の供述調書が読み上げられました。その詳細です。

「だんだんエスカレートし単なる暴力に」

雄大被告は平成28年4月に香川県で優里被告と結婚しました。

結愛ちゃんに暴力を振るうようになるまでのいきさつについて次のように供述しています。

「妻の前の夫との子どもだった結愛は、しつけがされていない子どもだと思い、自分がきちんとしつけをしないといけないと思っていた。一緒に暮らし始めて、説教をしても無視するようになっていったので、腹が立って頭を平手でたたいたり、足蹴りするようになった。単にことばで言って言うことを聞かなくても、叩けば言うことを聞いた。しつけを繰り返しているうちにだんだんとエスカレートしていき、いつの間にか怒りの感情が沸くようになり単なる暴力になっていき、暴力を振るうことに抵抗を感じなくなっていった」

「暴力が発覚するので病院に連れて行かず」

雄大被告はおととし12月、東京に引っ越し、およそ1か月遅れて優里被告や結愛ちゃんも同居を始めます。

雄大被告は東京に引っ越してからの状況について次のように述べていました。

「離れて暮らしていた間に、結愛はそれまでのしつけがなかったことのようになっていた。去年2月に結愛の顔をなぐった翌朝、目覚まし時計が鳴っても起きてこなかったので、水風呂に入れるそぶりをしながら顔を見たら、全体がはれていて両目が開かないくらいだった。自分の暴力が異常なものだとも思ったが、それよりも結愛が朝起きてこなかったことに腹が立ち、風呂に連れて行ってシャワーで顔などに水を浴びせたらぐったりしてしまった」

「それから4日間くらいは、結愛はジュースを飲んでも吐いたりして、自分でも起きられなくなった。病院に連れて行けば自分の暴力が発覚すると思い、連れて行くことはしなかった」

「ことばの暴力で妻は洗脳された」

妻の優里被告との関係については次のように供述していました。

「同居し始めたころは、結愛への暴行について止めていたが、自分のしつけの正当性を話すと言わなくなっていった。ことばの暴力によって、妻は洗脳されるようになり、私に反発したり意見を言ったりはできなくなっていった。そのため妻は、結愛を病院に連れて行こうと思ったとしても、私には言えなかったのだと思う」