二・二六事件 海軍極秘文書 昭和天皇 事件拡大 懸念する発言

二・二六事件 海軍極秘文書 昭和天皇 事件拡大 懸念する発言
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戦前、陸軍の青年将校らがクーデターを企てた「二・二六事件」について、事件の推移を分単位で記録した海軍の極秘文書が見つかりました。断固鎮圧を貫いたとされている昭和天皇が、海軍まで企てに同調することはないか、事件の拡大を懸念する発言をしていたことが記録されていて、専門家は当時の天皇と軍の関係を知るうえで極めて貴重だと指摘しています。
今回見つかったのは、昭和11年2月26日に陸軍の青年将校らが天皇中心の国家を確立するとしてクーデターを企て、政府要人ら9人を殺害した「二・二六事件」について、事件の推移を分単位で記録した海軍の極秘文書です。

昭和天皇の発言は、海軍の作戦を統括する軍令部のトップ、伏見宮・軍令部総長との事件発生当日のやり取りとして記録されていました。

昭和天皇は「上」と記され、「艦隊の青年士官の合流することなきや」と述べ、軍令部総長に対し海軍の青年将校たちが事件を起こした陸軍の部隊に加わることはないのかと、懸念を示していました。

これに対し、軍令部総長は加わることはないと答えますが、昭和天皇は事件に対処するため出動した海軍の陸上部隊について、「指揮官は部下を十分握りえる人物を選任せよ」と指示し、指揮官の人選にまで注文をつけていたことが記されていました。

二・二六事件の際、昭和天皇は断固鎮圧を貫いたとされていますが、発言からは、海軍まで企てに同調し、事件が拡大することはないか懸念していた様子がうかがえます。

専門家は当時の天皇と軍の関係を知るうえで極めて貴重な資料だと指摘しています。

天皇制に詳しい名古屋大学大学院の河西秀哉准教授は「昭和天皇は、二・二六事件が自分に対するある種のプレッシャーだと感じていて、海軍でも同じような動きがないか心配していたことを示していると思う。疑心暗鬼になっていたが、『加わることはない』と言われたからこそ、自信を持って陸軍に強くあたることができたのではないか」と話しています。