終戦から74年 全国戦没者追悼式

終戦から74年 全国戦没者追悼式
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終戦から74年を迎えた15日、およそ310万人の戦没者を慰霊する政府主催の全国戦没者追悼式が東京の日本武道館で行われました。
令和になって初めてとなる式典には、全国から遺族の代表など6201人が参列しました。
ことしは台風10号の影響で宮崎県の遺族など64人が急きょ出席を見送りました。

天皇陛下は、皇后さまとともにことし5月に即位されてから初めての出席となる式典に臨み、菊の花で飾られた式壇に着かれました。
続いて安倍総理大臣が「今、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは決して忘れることはありません。いまだ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも決して忘れません。ご遺骨が一日も早くふるさとに戻られるよう、私たちの使命として全力を尽くしてまいります。戦争の惨禍を二度と繰り返さない。この誓いは昭和、平成、そして令和の時代においても決して変わることはありません」と式辞を述べました。

そして、参列者全員で1分間の黙とうをささげました。
続いて天皇陛下が「さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことをせつに願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります」とおことばを述べられました。

このあと遺族を代表して、昭和19年12月に東部ニューギニアで父親を亡くした横浜市南区の森本浩吉さん(77)が「私たちの多くは父の顔も知らず、父との記憶思い出さえない忘れ形見の遺児です。戦没者の遺骨収集を国の責務と明記した法律に基づきご遺骨の一柱でも多く一日でも早く祖国帰還が叶いますことを遺族は強く望んでいます。今日、平和を享受しているのは多くの尊い犠牲が礎であることを決して忘れることなく、感謝し偲んでいただく日々となることを望んでいます」と述べました。

式典では、このあと、参列者が式壇に菊の花を手向けて、戦争で亡くなったおよそ310万人の霊を慰めました。

終戦から74年を迎えて遺族の高齢化が進み、参列した遺族のおよそ8割が70歳以上となり、戦没者の妻は5人にとどまっています。
その一人で、最年長の参列者でもある東京都に住む97歳の内田ハルさんは、昭和20年6月に沖縄で、夫の憲司さん(当時36)を亡くしました。
内田さんは「毎年欠かさず参列しています。戦争は絶対いけません。私のような悲しい人がいっぱいいる。二度としてはいけない」と話していました。

また、戦争の記憶を受け継いでいこうと、18歳未満の若い世代が95人式典に参列しています。
このうち香川県の中学3年生、三谷昇大さん(14)は曽祖父の※カン吾さんが昭和20年にビルマで戦死しています。
三谷さんは「修学旅行で行った沖縄で実際にひめゆりの塔やガマを見学して戦争の悲惨さを思い知りました。きょうは、ひいおじいちゃんへの慰霊の気持ちをしっかりともって、献花したいです」と話していました。

※「かん」は貫にうかんむり

上皇ご夫妻も黙とう

宮内庁によりますと、上皇ご夫妻も、お住まいの吹上仙洞御所で、テレビの中継番組を通じて戦没者追悼式をご覧になりました。
そして、正午の時報とともに、黙とうをささげられたということです。

各地の追悼式 台風影響で中止や延期に

15日は全国各地でも戦没者の追悼式が開催されましたが、台風の影響で西日本を中心に中止や延期が相次ぎました。

このうち愛媛県では参列者の安全を考慮して、14日中止を決めました。

昭和62年から開催してきた追悼式を中止したのは初めてだということです。

また福岡県や熊本県でも中止になったほか、愛知県では延期となりました。

このほか広島市の平和公園で被爆者や高校生たちが戦争や核兵器のない世界の実現を願って「平和の鐘」を鳴らす催しや、大阪市の「戦争犠牲者追悼式と平和コンサート」、大分市の特攻隊員の慰霊祭など「終戦の日」に合わせた行事も各地で中止や延期となっています。