日航機墜落事故から34年 追悼慰霊式で犠牲者を悼む

日航機墜落事故から34年 追悼慰霊式で犠牲者を悼む
520人が犠牲となった日航ジャンボ機の墜落事故から34年となる12日、墜落現場となった群馬県上野村では、追悼慰霊式が開かれ、遺族などが黙とうをして犠牲者を悼みました。
昭和60年8月12日、お盆の帰省客などを乗せた日本航空のジャンボ機が群馬県上野村の山中に墜落し、国内の航空機事故としては最も多い520人が犠牲になりました。

事故から34年の12日、上野村では朝早くから墜落現場の「御巣鷹の尾根」を目指す慰霊の登山が行われ、遺族などが亡くなった人の墓標に花を手向けたり線香を供えたりしました。

また墜落現場にある慰霊碑「昇魂之碑」の前では手を合わせて犠牲者を悼んでいました。

午後6時からは墜落現場の山のふもとにある「慰霊の園」で遺族や地元の人、それに日本航空の関係者などが参列して追悼慰霊式が開かれ、参列者が祭壇に花を供え、犠牲者の数と同じ520本のろうそくに火をともしました。

そして、墜落時刻の午後6時56分に全員で黙とうをして犠牲者を追悼するとともに、悲惨な事故が繰り返されることがないよう空の安全を祈りました。

事故から34年がたち遺族の高齢化が進む中、事故の記憶を次の世代にどう伝えていくかが課題となっています。

慰霊に訪れた人たちの声

墜落事故で祖父の若本昭司さんが亡くなった若本崚さん(27)は「娘を連れて、初めて御巣鷹の尾根に慰霊登山に来ました。『立派に育っているよ、この子を見守っていてね』という気持ちで黙とうしました」と話していました。

また、親戚の浮田立子さんを亡くした岡崎成実さん(57)は「本当に無念だっただろうと思います。生きていたら同じ年なのでたくさんいろいろなことができたと感じています。最後にはまた来るねと伝えました」と話していました。

事故で亡くなった女優の吉田由美子さん(当時24)に憧れて宝塚音楽学校に入学した星野瞳さんは「何年たっても、悲しみは癒えません。きょうは次の世代に伝えていこうと子どもも連れてきました。多くの人の人生を変えてしまったこの事故が風化してしまうことがいちばん悲しい」と話していました。

大学で墜落事故について学び、初めて慰霊登山に訪れたという桑原良介さん(20)は「この場所でしか味わえないことが多く経験になった。この事故は絶対に風化させたらいけない。たくさんの人に語り継いでいきたい」と話していました。